『家具工房旅する木』は豊かな「暮らし」、「心」、「時間」をご提案、ご提供します。
つむじ風通信実は、学生の頃シナリオライターになりたくて、新聞社のコンペに出展していました。
箸にも棒にも引っかかりませんでしたが‥
文章を書くのは好きなので、妻のそよかぜ通信とともに、日常でのちょっとした出来事を
載せていこうと思います。なんちゃってシナリオライターにお付き合い下さい。
いつかのつむ通に書いたかと思いますが、僕は、それこそ、旭川での修行時代から
NHKの「『プロジェクトX』に出たい。」と言っていました。
残念ながら、『プロジェクトX』は終わってしまいましたが、続番組の
『プロフェッショナル』はいつも録画して見ています。さっきまで、この前のプロフェッショナル、イチローの単独インタビューを見ていました。
イチローの表現はいつも独特で、印象的な言葉が多いのですが、今回のインタビューでも
そのような表現が随所にあって、面白かったです。40歳になって、今年はベンチで試合を見ていることが多くなり、プロとしていつまで続けられるか
を考える時、「これだけの結果を残したら辞める。というよりも、まだ苦労が足りない気がする。
だからまだやれる。」と言っていました。18歳でオリックスにドラフトで入った時、バッティングのことを聞かれ、
「めちゃくちゃ楽しい。と答えた。今、同じ質問をされたら、同じことは言えない。」
4000本というヒットの裏に、8000回の失敗があり、その失敗と向き合い、そして輝かしい成績の
裏に隠された想像を絶するプレッシャーと対峙して来たイチローの、「まだ苦労が足りない。」
という言葉の重みに、自分自身への甘さを思い知らされた気がします。先月末、『国際家具デザインコンペティション旭川2014』にある作品を出展しました。
このコンペは3年に一度開催される、世界的にも大きな、国際コンペです。
春から、ずっとこのコンペのことが頭の片隅にあったのですが、今年は仕事と、自宅のものの
製作に追われ、11月の後半まで結局何も出来ず、締め切り一週間前から模型の製作に入り、
何とか最終日に完成させ、写真撮りをして出展したのです。製作したものは、これ。
『サイクリングチェアー 〜 木の車椅子』(写真は、1/5の模型)この構想は、独立する時、8年前からずっと頭にありました。
お年寄りや、体の不自由の人にとって、車椅子は自分の足だと思います。
そんな自分の足なのに、日本の車椅子ときたら、味気ないデザインの、金属製ものがほとんどです。
海外には、優れたデザインのものもあるのですが、やはり金属製です。
木の車椅子もあるのですが、「木で作りさえすれば温もりが感じられるんでしょ。」と言わんばかりの
ものしかなく、僕の目から見て、デザイン性に優れた、愛着の持てるようなものは一つもありません。
もし僕が車椅子を使うことになった時、使いたい車椅子は、世の中にないのです。一つ一つオーダーで、使う人にピッタリのものであることは言うまでもなく、この車椅子の
コンセプトは、それに乗っている事にステータスを感じ、人に見せたくなることにより、より一層の社会生活への
積極的な参加を促す。また、その様なサイクリングチェアーに乗って、バリバリと活動している方を
見た健常者や若者が、格好良い、負けていられない、あんな生き方をしたい。と自分を見つめ直し、
勇気づけられる。というもので、サイクリングチェアーを使う人だけでなく、それを使っている人を見た人の心、生き方
にまで影響を与えられる。サイクリングチェアーをそれほどの高次元に置き、それに見合うものを
作りたい。と思っています。3年くらい前から、暇を見つけては、パーツの試作をしたりしていたのですが、期限が決まっている
物ではないので、ついつい先延ばしにしてしまってきました。
車輪まで木にしたいので、製作が困難で、ついつい、自分に甘くなってしまうんですね。
「仕事が忙しいから。」「まだ構想が煮詰まっていないから。」「デザインが決まっていないから。」
出来ない理由を都合よく考えて。イチローの話し。
今シーズン、最終試合、ワールドシリーズ進出が消え、主力選手は出場せず、スパイクすら履いていない選手もいる中、イチローは延長14回までもつれた試合の最後まで、控え室で素振りをし、
いつでも出られる準備をしていたんだそうです。
一番近くにいる通訳の人が言っていました。
「それがイチローさんです。」シーズン中は体調に変化を生じさせないように、同じものを同じ時間に食べ、同じ時間にグラウンド
に入り、同じ時間に同じ球数のバッティング練習をするなど、同じルーチンを繰り返す話しは有名ですよね。
ただ、試合に出られない日が続いた今シーズンは、それをするのがとても辛かったそうです。
「それを止めたら、今までの自分を否定することになる。それだけはしたくなかった。だから、
そこは頑張りました。」僕はイチローの語る言葉が好きで、よく聞くのですが、イチローの口から自分のことを「頑張りました。」というのを初めて聞いた気がします。
それほど辛かったんだろう。と思います。
それでも「まだ苦労が足りない。」という心の持ち方に敬服します。今まで極秘に進めて来たサイクリングチェアー計画。
なぜまだ未完成なのに発表したかって?
そうなんです。
先日コンペの結果が届いて、な、な、なんと、選外だったんです。
いけると思っていたんですけどね〜。サイクリングチェアーは旅する木の一つの大きな柱にしようと思って取り組んできたプロジェクト
なので、コンペの結果は関係ないのですが、僕は弱い人間なので、自分を追い込まないと、なかなか
前に進めない。ついつい苦労から逃げたくなってしまう。退路を断たないと。
そこで、公に発表してしまおう。と思い、公表した次第です。
実は昔から僕がやってきた手法です。
自分のやりたいことや夢をどんどん人に言って、やらざるを得ない状況に自分を追い込んじゃう。
たまにお客様から、「旅する木は何もかも発表しちゃうけど、マネされたりしたらどうするの?」と
言われます。きっと大丈夫です。
この僕の夢は、僕にしか叶えられない思うから。こんな長いつむ通を読んでもらって、なんの特典もないのは「そりゃ、ないぜ!」ですよね。
大丈夫です!すごい特典が。コンペには落ちたし、木の車椅子の市場があるのかも解らないし、どうやって販売していくのかも、
どこに、どうやってアピールしていくのかも、何もかも全く解らないけど、ただただ、僕だったら
こんな車椅子を使いたい。という僕の思いだけから始まった、この『サイクリングチェアープロジェク
ト』が、今後、どんな信じられない奇跡に出会って羽ばたいていくのか、僕自身も全く解らないこの
プロジェクトの最初からの目撃者になれる!
そして、いつの日か、『プロフェッショナル』に出ている僕を見れるかも?え?そんなのいいって?
…。。
スミマセン。最後まで読んで頂いて、ありがとうございます。最後にもう一つ、恥を忍んで、あらかじめご報告しておきます。
コンペに落ちることを想定していなかったので、皆さんにお出ししている年末のお礼状に、
「国際コンペに出展しました。作品は来年、旭川に見に来て下さい!」
と堂々と書いてあります。
もう印刷に頼んじゃったので、今更修正は出来ません。
もしかしてこのつむ通を読んでいて、そのハガキが届くお客様、どうか暖かく、微笑ましく、
お読み下さい。
お願いします。
ちなみに、コンペには6枚の写真が出せるのですが、6枚目の写真がこれ。
真面目な国際コンペには、ふざけすぎましたかね〜。
ライオンキングの人形達。
ティモンが乗っていて、王様のシンバが押しているところも、ユーモアーなんですが…。。伝わらなかったかな〜?
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この前の自宅のオープンハウスの時、何人かの方に言われました。
旅する木のHPや、DM、『たびくら』を見て、
「この文章とか、誰が考えてるの?誰かこういうの考える人に頼んでるの?」
っと。ニヤッ。
「僕ですよ!自分で考えてます。実は仕事よりこういうの考える方が好きなんです(笑)。」先日、新婚旅行に旅する木に来てくれたカップルがいました。
ん〜?
9割がたウソですね。正確には、
新婚旅行でヨーロッパに行ったついでに、旅する木に寄ってくれたカップルがいました。
ヨーロッパに行ったついで?
すみません。これも9割がたウソです。北海道にお住まいの方で、新婚旅行の帰りに、旅する木に立ち寄ってくれました。
新婚旅行でヨーロッパに行ったのですが、その旅行中、暇な時間があったら、旅する木のHPを、
つむ通を読んでくれていたんだそうです。
たまたま、旅行中に旅する木のHPに出会ったんだそうで。観光地を巡るバスの中、読んでは、見学ポイントに着いたらそこを見学して、
またバスに乗ったら読んで…。の繰り返しだったそうで、
「いや〜、お陰さまですごい清々しい気持ちで新婚旅行を過ごせました。
二人で感動したり、笑ったりしまくりでした。◯◯のところの文章を読むと、ルーブル美術館を
思い出したり、△△のところを読むと、ローマの町並みを思い出します。」っと。それで、新婚旅行の最後の目的地を「旅する木にしよう!」と旅行中に決めたんだそうです。
よく聞いていた歌とか、香りとかで、ふっとその場所を思い出すことって、確かにあるけど、
まさか、自分の書いた文章が、そんな大事な役割を担うとは…。。「いや〜、なんだかすみません。新婚旅行の締めが旅する木でいいんですか?」
とちょっと恐縮してしまいました。夫婦生活、いろいろありますよね〜。良い時ばかりじゃない。うちなんて結婚してもうすぐ
20年ですが、未だに歯車が噛み合わなことばかり。
それでも、新婚旅行で旅したカナダの美しい風景がテレビで出たりすると、また同じコースを
同じように旅してみたいな。と思ったりするものです。いつか見た、美しい風景や、遠い昔の思い出が、二人を励ましたり、勇気づけてくれることって
あると思います。その思い出の中に、または思い出すきっかけに、旅する木の欠片があってくれる
としたら、それはとっても嬉しいです。ありがとうございます。
おめでとうございます。
そして、お幸せに♪
蛇足。20年くらい経って、新婚旅行で巡ったコースをもう一度二人で訪れたいと思った時、
その最後に、「旅する木に行こうか。」と思ってもらえる様な、そんな旅する木を
育て続けていたいなぁ。**************************************
今日は何の日?
そう、何を隠そう。僕の誕生日です。
何歳になったんだっけ?
まあいいや。もう祝う年齢でもないので…。年には勝てず、先日、眼鏡を買いに行きました(恥)。
ん〜?なに?
そうさ。率直にいえば老眼鏡さ。悪い?家具の精度を求めると、定規を当てた一ミリの線の内側なのか、外側なのか
(隅内、隅外という)まで気にするのですが、それがなかなか辛くなってきて。
僕は生まれてこのかた、ずっと視力が両方2.0だったので、見えない、とか、ぼやける、という
経験がなく、初めて細かい寸法がぼやけてきた時、意味が解らなくて、
もっとよ〜く見ようと顔を近づけると近づけるほど見えなくなって…。
かなりショッキングでした。
しばらくそんな状況を受け入れなかったんだけど、仕事に支障が出てはまずいので、
泣く泣く受け入れて、眼鏡屋さんへ行った次第であります。そんなことを書こうとした訳じゃないんだ!!
今日は何の日?
そう、誕生日は置いておいて、実は来年旭川で行われる家具の国際コンペティションの
応募締め切りなんです。
3年に一度行われる、世界中のデザイナーや、家具職人や、会社など3000〜4000点が出展される
日本最大の家具の国際コンペなんです。
なので、絶対に出展したいとずっと思っていたんですね。
でも、春から仕事と、自宅の家具の製作で、もう目一杯どころか、溢れている状況で、
とてもそんなコンペの出展作品を作っている時間なんてなかったんです。アイデアだけはずっと前から、それこそ創業した時から温めていたものを、このコンペに
出展したかったんですね。
だから、すごい残念で悔しかった。3年後までは待てない。でも、今年は時間が無さ過ぎる。
どうしよう〜〜〜。出した結論は…??
「オープンハウスが終わってから一週間あるじゃない!」
そうなんです。一週間で形にしよう!と決め、仕事しながら、自宅の家具を作りながら、
頭の中はコンペの作品のアイデアを形に落とし込み、夜な夜なデザインを起こす作業。
実は製作したいものは、まだ世の中に無いもの。
ん〜。無くはないんだけど、僕が求めるレベルのものはまだ無いもの。
だからものすご〜く大変。想像を絶する産みの苦しみが待っているはず。
はず?
結局間に合わなかったの?
いやいや、間に合わせましたよ。ついさっき、エントリーしました!!
一次審査は数千点も集まるので、写真審査なんです。
だから模型でも、CGでもいいんです。
そこで、一週間で5分の1の模型を作りました。
かなり完成度の高い模型を。
写真を見たら、誰もが本物と勘違いするくらいのもの。
未発表厳守なので、見せられないのがもう、残念!今日のつむ通、ちょっと僕、テンション高くないですか?
決して誕生日だからじゃないですよ。
すっごい良い模型が出来たので、かなり興奮気味。
一次審査で30作品くらいに絞られます。
ほどんどの出展者は、プロのカメラマンに撮影してもらうんだけど、そんな時間もお金も
ないもんだから、撮影は自分で。
今日はあいにくの曇りで、撮影には向かないのだけど、最終日なので、もう撮るしかない。
撮影をしていたら、一瞬だけ、雲の隙間から日が射して、綺麗な陰影がついた、
奇跡の数枚が撮れたんです。
すごい良い写真。まるでプロがスタジオで撮ったみたいな。興奮して、すぐに印刷して、今日出勤している山口君に見せに行って、
「これ、いけるんじゃない?一次審査は通るだろう!どうしよう、グランプリ取っちゃったら。
300万円だぜ。スピーチ考えなきゃ。その後の仲間との飲み会は、おごらされるんだろうなぁ。」
なんて二人で盛り上がりました。一次審査が通ったら、今度は春までに現物の製作をして、本審査なんです。
このアイデアは、旅する木の新たな柱にして行こうと思っているものなので、コンペとは関係なく、
製作に入っていくのですが、とにかく、前代未聞の苦労が待ち構えていることは解っています。
なので、ずっと伸ばし伸ばしにしてきちゃったんですね〜。
自分の弱いところです。
でも、このコンペのお陰で、大変だったけど、イメージを形にすることが出来ました。
なんだか、自分への誕生日プレゼントのような気がして、嬉しくてたまりません。
次に待っている苦しみまでの、ほんのつかの間ですが。もの作りは苦しいんです。いつも。
そう、いつもどんな作品でも産みの苦しみがあるんです。楽しさ3割、苦しみ7割くらいですかね。
でも、その苦しみを乗り越えた先に、新しい、美しい風景があるのです。今日は僕の誕生日。そして旅する木の新たな夢の誕生日。
さっき、初めて新しい家で家族で夕食を食べました。
まだ引っ越していないので、夕飯を運んで。
自宅でお酒を飲んだのは何年振りですかねぇ。
オープンハウスの時にお客様に頂いたボジョレヌーボーを飲みました。
今日、コンペに出展した作品の写真を何度も見ながら。
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一昨日、昨日の「僕の家のオープンハウス」、
な、なんと、250人くらいのお客様が見に来てくれました。
家族共々ビックリしていると共に、とても感謝しています。
普通のオープンハウスと違って、子供たちがキャッキャ言って遊び回ったり、
ロフトから大きな声で叫んだり、自分たちで作った紙飛行機を飛ばし合ったり、
友達同士で床でくつろいで談話をしていたり、一つ一つの扉のメッセージを
確認して回ったり、キッチンや家具にベタベタ触ってもらったり、なめたり(笑)と、
とにかく自由に過ごしてもらいました。
いろんなところで笑い声や、驚きや、感嘆の叫び声がしていて、
僕もいろんな人といっぱい話しが出来て、とても楽しい二日間でした。
半年以上の長き辛い製作の日々がやっと報われた気持ちで感無量です。
感無量といえば、自分のご自宅でもないのに、見にきてくれたお客様が、
「感動しました!」と突然、泣き出した方もいました。
音楽や本、映画、ドラマで感動されらることはあっても、まさか、自分の製作したもので、
しかも、そのお客様のものでないのに、心を動かすもの作りが出来たことに、
僕ももらい泣きしそうになりました(笑)。皆さんからかけて頂いた嬉しい言葉を胸に、今日からまた、家具作りに精進していきます。
なんて、カッコつけて締めようと思ったのですが、今日は朝から、
「あの人がこんなことを言ってくれたな〜。」なんて、来て下さった皆さんとの
会話を思い出して、ニマニマしていて、仕事が手に付きません。
オープンハウスをしている間中、ずっと感じていたのですが、この家には不思議な力が
あります。
ここに入った人の心を癒したり、解き放ったり、楽しい気持ちにさせたりする力。
それは、家が新しくなったから、というものではなく、僕が内装のほとんどをやったから、
でもなく、建築家の本間さんがデザインしたから、というものでもなく、ボロボロの
東裏保育所の時からこの建築が持っていたもの。
地元の人達に大事にされてきた40年という建物の、その歴史なのか、
子供たちが自由に遊び、走り回ったその屈託の無さが染み付いた無垢のパワーなのか。ほどんど全てのお客様が、
「素晴らしいですね。」「頑張りましたね。」「大変だったでしょ?」
と言ってくれます。
確かに頑張りました。大変でした。
でも、今こうして見回すと、解体から始まり、玄関ドア、建具、木製窓サッシ、
フローリング、天井、キッチン、収納家具…。
どう考えてもこれら全てを仕事をしながらこなせるボリュームではないのです。
ありがたいことですが、仕事だってこれ以上受けられないくらい目一杯入っているのですから。家作りを振り返ってみると、東裏保育所の魂が、本間さんや、僕や、妻や、家族や、
旅木ファミリーや、家作りに協力して下さった方々の能力を使って、自分で再生したんじゃないかと、
本当はそうなんじゃないかと感じます。
それが形になって、オープンハウスに250人もの人を呼び込んで、嬉しくって嬉しくって、
ここに入った人の心を動かしたんじゃないかと。
だって、どれ一つ取っても、僕達の力を越えているもの。
祭りの後の静けさで、お客様が帰った後、心地良い暗さの中、
しばらくボンヤリ暖かい気持ちに浸って、そんなことを考えていました。**************************************
当別は先週の大雪で、一気に冬景色。
道路は融けたのですが、それ以外はすっかり根雪ですね〜。
トップページで紹介しているように、来週末11/23(土)、24(日)に
東裏保育所をリノベーションした我が家のオープンハウスを行います!
内装の全てを自分でやっています。まだやっている最中です。なんせ仕事しながらなので、完成はいつになるんだろう?と自分でも不安だったのですが、
なんとか年内にここまでたどり着けました。よかった〜♪
まだまだ未完成なのですが、後は住みながら作っていこうと思っています。つむ通や、たびもっくんでも度々触れていますが、この家作りは本当に苦悩と苦労の連続でした。
まだまだ継続中ですが。
その苦労話しはオープンハウスの紹介のページを読んで下さい。
出来上がりつつある室内を見ると、心から自分を褒めたくなります。
この家作りには、たくさんの方、そして、知り合い、友達が助けてくれました。
当別に工房を移転し4年、「ここに根を下ろして、地に足がついたもの作りをして行こうと!」
と決心し、工房のすぐ近くの、3方が木に囲まれた素晴らしい保育所の土地を手に入れるのに、
地元の方々が町に掛け合ってくださり、本当はそんなに簡単な話じゃないはずのものを
町長も応援して下さり、譲ってもらうことになったのです。最初は、築40年のボロボロの保育所を壊して、小さな、でも良い家を作る計画が、
建築家の本間さんと保育所の中に入ってみると、とっても気持ちの良い空間で、
「この建物を生かそう!」ということになったものの、大き過ぎる保育所を住める状態に
するには、ビックリする程の予算オーバー。
そこで、全ての内装工事を自分ですることにしました。僕が最初にこだわったのが、木製サッシ。これを自分で作ろうと調べ始めると、
たまたま偶然、とっても気に入ったシステムの木製サッシを発見。
ただ、これは日本の一般住宅には実績がなく、金物も日本には無く、ドイツから輸入しなきゃ
いけないのですが、輸入代理店がクレームを恐れ、木製サッシの製作実績のない僕には
販売できない。と断られてしまいました。
それでも粘って、今まで製作した家具の内容などを説明し、自宅だから責任は全て自分で持つ。
と話し、例外的に販売を認めてくれたのです。
木製サッシが完成したことを伝えると、わざわざ見に来てくれるそうです。
そして、今後の木製サッシの金物の取引の許可も頂きました。
そして、全部で約90畳分のフローリングの材料は、いつもお世話になっている木材会社の
担当の方が、「ウォールナットの白太入りの材料を安く出しますよ。」と破格で提供してくれた
ものです。
また、セリウォールという、珪藻土よりもずっと効能の高い塗り壁の材料は、5年前、自宅の
全ての家具を製作させて頂いた青森県の建築会社、チョウエイの社長さんが、全て無料で
提供してくれました。
石の床暖房のオンドルコンフォートもかなりのサービスをして頂き、あまりに申し訳ないので、
ささやかながら、いくつかの家具をプレゼントさせて頂くことになっています。そして、素晴らしい空間を設計したの建築家の本間さんに設計料の話しをすると、
「この家に携わったことを、お金に換えてしまうのは何か違う。この家を設計したことを
一生忘れないよう、毎日使う、須田さん渾身のダイニングテーブルを作ってほしい。」っと。そして、この家のいろんな製作が切羽詰まっている時、まず反応はないだろうな。と思いながらも
ダメもとでHPでの手伝いの募集に、まさかの応募をしてくれた二人の女性陣や、たまたま
タイミング良く職業体験に来た高校生、さらに友達の家具職人達、家具作り勉強中の若者、
そして旅木ファミリー達の体を張った手伝い。
などなど。
本当に多くの方に助けられて、やっとここまでたどり着くことができました。
本当に感謝しています。お金では計れない”何か”がいっぱい詰まった家作り、そして家だと思います。
そういえば、家作りの一番最初の、設計の本間さんとの会話で、「どんな家にしたい?」
と聞かれた時、
「住む僕らだけじゃなく、その家に入った人の心を動かすような、そんな精神性のある家にしたい。」
と掴みどころの無い、設計者を悩ます要望をしたのを思い出します。見事にその要望を叶えています。
是非お気軽に見に来て下さいね。お待ちしております。
そして、そんな家を建てたいという方、ご相談下さい。
一緒に家を建てていきましょう!
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「あの頃に戻りたい」なんて人生は歩みたくない。
でも、
「あの頃の気持ちに戻りたい」とは思うことはあります。
年を重ねることに、自分の殻が硬くなって、自分で自分を苦しめているようなところって、
あるような気がします。
昔だったら言えていた言葉 とか、 感じられた心 とか、そんなものを
言えなかったり、余計なことを考えて、そのまま感じることを遮断してしまったり。
思っていることと、言っていることが違かったり…。先日、久しぶりにYou Tubeで、『秒速5センチメートル 第1話 「桜花抄」』を
見たせいですかね。
ちょっと、そんなことを考えました。早朝、仕事で下川町にひとっ走り行ってきました。約220キロ。
朝4時、真っ暗の中出発。
高速道路を走っている車はほとんどなく、まるで僕だけの道。
この季節、北海道は日が昇るのが遅いので、旭川を越えて、ようやく辺りが
ぼんやり明るくなってきました。
高速道央道は、旭川を越えると回りに家はなくなり、片道一車線になります。
ちょうど濃い朝もやがかかり、回りの畑や田んぼは、そっくり霧で何も見えなくなり、
一段上を走る高速道路だけが、雲の上に敷かれた一本道のようにずっと先まで続いていて、
相変わらず他に走る車がないまま、まるで僕だけその先に吸い込まれるよう。
あまりに幻想的で美しい風景。吸い込まれる世界が、もう二度と戻れない、僕の知らない、そして僕のことを誰も知らない
世界なんじゃないだろうか。
それはそれで、ちょっとワクワクするけど、
もしかして行き着いた先が、懐かしいあの場所(心)だったなら…。そんなことを思っていた時、向こうの山から朝日が昇ってきた。
新しい朝が、素晴らしい1日が始まろうとしている。
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寒くなってきましたね〜。
工房での作業も体を動かしていないとブルブルです。
でも薪ストーブはまだ焚かないようにしています。
今は寒いのに体を慣らさないと…。先日、キッチンの取り付けで現場に行った際、お客さんが
「さすが、旅する木の皆さんは手際が良いですね〜。」と感心してくれました。
特に現場仕事は気の利かせ合いのようなところがあって、確かに旅木ファミリー達は
先を先を見ながら、僕に楽をさせようと作業をしてくれます。
感心なのは、重たい荷物などは、率先して自分が持ったり、キツい作業にも、
文句も言わず(僕の前では…かな?)やってくれています。
偉いな〜。と感謝しています。
技術面もかなり身に付いてきて、仕上がりはとても綺麗で、驚くこともあります。
スピードはまだまだかな〜。
特に今までやったことのない、初めての作業には時間がかかりますね〜。
旅する木はオーダーで家具を作っているので、初めての作業がしょっちゅうあります。
それらを今までの経験を応用して、パッパとこなせるようになってくれるといいですね。って、ブログを使って従業員の評価をしちゃいました。
今日は面と向かってはあまり言わないのですが、最近特に思っているので、旅木ファミリーを
褒めようと書き始めたのですが、ついつい評価と、要望になってしまいました…。。じゃあ、褒めます(笑)。
僕が一番感心することは、ほんと、みんな一生懸命仕事をしてくれます。
裏表がない。僕がいても、いなくても、一人一人黙々と作業をしています。
例え工房に一人でも。
これは本当に偉いと思います。
まあ、監視カメラを付けているわけではないので、真実は解りませんが(笑)。
僕が不意に帰ってきた時、さぼっていた形跡は一度もないものですから。僕が修業時代はと言うと…。
「要は成果でしょ?フレックスタイム制にしましょうよ。
人の半分の時間で、人並み以上の仕事が出来るんだったら、労働時間にこだわる必要は
ないんじゃないの?」なんて言って怒られている、くそ生意気なバカ野郎だったわけで。
もし旅する木にそんなやつがいたら、即効クビにします(笑)。さらに…
「須田さん、そうだったんだ。じゃあ俺たちも」
となってはまずいので、これ以上書くのは止めときましょう。素直に一生懸命働く。というのは、出来そうで、なかなか出来ないこと。
そして、これこそがひつの道を究める、一番の近道なんだと思います。今年は仕事の他に、僕の自宅のせいで忙し過ぎて、なかなか時間が取れないけれど、
落ち着いた来年は、みんなで旅行でも行きたいですね。
それとは別に、毎月恒例の手作り食事会は、ずっとやっていきたいですね。
今度は東京から来た花輪君が、「なにそれ?」という北海道名物『ちゃんちゃん焼』
をやる予定。楽しみです。
僕はそんな旅木ファミリーが、ずっとやる気と、働きがいがある会社を維持出来るように、
そして彼らに夢を与えられるように一生懸命努力しなければ。
さらに、僕自身、彼らに技術的に負けないように、
「まだまだ須田さんには遠く及ばない。」といわれるように、家具作りに精進していかなければ。そんな風に感じられる彼らの成長ぶりが、頼もしく、嬉しいのです。
ちょっと褒め過ぎたかな?
誰とは言わないが、褒めるとその後すぐに、間違えたりして帳消しにされて怒られる人が
いるので、気をつけて…(笑)。「(笑)じゃない!」
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『・・・あなたはスケールが違う。
ドンと受け止めて、いつかやがて、まるでこの日の不運が最大の幸運であっ たかのように
変えてしまうことだろう。
バッターボックスの中で、微動だにしなかった態度を称える。
ブーイングに便乗しなかった克己心を何よりも立派だ と賞める。
照れたり、くさったり、呆れたり、同情を求めるしぐさを欠片も見せなかったことを賛美する。
一振りも出来ないまま一塁ベースに立ち、瞑想していた男の顔を惚れ惚れと見る。
あなたの夏は、いま 無念の夏かもしれないが、流れの中で自分を見失わない、
堂々の人間を証明してみせた圧倒的に輝く夏だったのだ。』作詞家の阿久悠さんが書いた詩です。
阿久悠さんは、ずっと高校野球を鑑賞し、印象に残った選手に送る詩を書いていたそうです。
1992年の夏、当時石川星稜高校3年の松井秀喜選手が、明徳義塾との試合で、
5打席連続敬遠をされ、3対2で負けた試合の松井選手のことを書いた詩です。先日、たまたま一人で外食することがあり、入ったレストランに置いてあった雑誌に
この時の記事が出ていて、熟読してしまいました。上記の詩、その前にも文章があるんです。
『感情を小出しに爆発させ、その時その時の微調整を繰り返し、如何にも活力あり気に
振る舞う人とは、あなたはスケールが違う。』心にチクリとトゲが刺さったような、ちょっと恥ずかしいような、そんな気持ちになりました。
かっこつけたい。
見栄を張りたい。
褒められたい。
すごいと思われたい。
正しいと主張したい。
間違っていると指摘したい。
思い通りにさせたい。
…自分の小さなこだわりというか、エゴとでもいうのでしょうか。
不器用そうな、ゴツゴツの顔。気持ちを押さえて、”今”を受け入れている18歳の高校球児の
スコアボードを見る目には、僕のそんなものが、写っているんじゃないかと。
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つむ通を見て下さっている方はご存知だと思いますが、今、僕の自宅のリノベーションが
着々と?いや、細々と?ん〜、これも違う。仕事をしながらなので、延々とかな?
進めています。今年の4月から仕事をしながら、木製サッシ、玄関ドアー、ドアや窓の枠、フローリング作り、
フローリング貼り、天井貼り、などなど、本業でない初めてのものばっかり作っていたので、
実はすごい不安感、焦燥感を感じながら製作していました。
お金と時間がたっぷりあって、のんびりと気長に出来るんだったら楽しめるんだろうけど、
そんな訳はなく、仕事は遅れさせられない。時間がない。そんな中で今やっていることが
上手くいく確信がない。それなのにその材料費の請求額を見ると…。ビビる。でも、そんな作業が無事上手くいき、ようやく本業のキッチンの加工に入ってきたので、
今まで苦しんだ分、思いっきり楽しんじゃってます。
自宅のキッチンなので、キチンとした設計図など描かず、思いつきの行き当たりばったりで
製作しています。
今まで不安感と緊張感の中でやっていた分、面白そうなことを思い付いたら、早速仕様を
変更して作り出す。
”遊びながら”というのがピッタリですね。
設計図がない。正解がない。やりたいと思ったことを思いっきり出来る。誰にも怒られない。
というのは良いですね〜。
一般の方はもちろんですが、それよりも、木工関係者が見たら、大喜びするか、
「そこまでやる!!」って頭に来ちゃうような、そんなキッチンを製作中です。そうそう、以前のつむ通に書いたのですが、9月にアラスカに行こうとしてるって計画、
悩みに悩んだ結果、今年は諦めました。
自宅の完成を優先させることにしました。
せっかく雄大な自然、憧れのアラスカにいながら、仕事や自宅のことを心配していたくない。
思い出したくない。と思いました。
その代わり、勤労感謝の日(11月23日,24日)くらいに自宅のオープンハウスをやるのを
目標に定めました!(あくまで目標なので…)楽しみながら、遊び心をいっぱい詰め込んだ我が家を、僕と同じくらい、お客さんや友達が
楽しみにしてくれています。
「完成したら絶対に見せて下さいね!」と皆さんに言われます。
そうすると、「この方が喜ばれるぞ。」「こんなことしたら驚くだろうなぁ。」なんて
見てもらっている時の反応を想像し、ニマニマしながら製作しています。その一部を見せちゃいます。
そう、キッチンが大きな扇の形なんです。
本体はもちろん、引出しも全部 R になってるんです。
だから加工がいちいち難しい!!
でも使い勝手は良いんですよ。
だって、行動範囲は少なくて、広い作業スペースが確保出来るんです。
キッチンに立つと、まるで司令塔に立った指揮官みたいになるんじゃないかな?
ってことは〜?
ヤバい!妻に命令されっぱなしかも…。。「精神年齢が中学生レベル」と何かの性格診断で言われた僕が、思いっきり遊びながら
作っている、遊び心いっぱいの家を楽しみにしていて下さい。
**************************************ちょっと前になりますが、旅する木の小冊子『たびくら』Vol.2を発刊しました。
HPのトップページに表紙を載せています。
今年は仕事の他に、リノベーションしている自宅の製作するもの や ことが
それこそ山のようにあって、とても余裕がなく、肉体的にも、精神的にも
結構追い込まれていて、体重も減り続けている状態です。
やばい。間もなく50キロを切っちゃうかも…。。
ちなみに身長は185センチです。「うそつけ!」って?
僕の身長を知りたい方は → こちら をお読み下さい。
そんな状況を知っている方には、『たびくら』を片手に、
「いつそんな時間があるの?」
とか
「寝てるの?」
とか聞かれます。『たびくら』の編集作業は、ものすご〜く大変。
でも、こういう作業、やり出すまではおっくうなんだけど、始めてしまえばとても楽しい。
ストレスのはけ口だったりするんです。
文書を考えるの好きなので、ついつい長くなって、逆に削る作業に手こずったりして。
そして、表紙の絵は妻が担当。
これまたなかなか味わいのある絵でしょ?
楽しい作業ですけど、やっぱり相当な時間と、苦労をするので、
上がってきた製本された『たびくら』を手にすると、感慨深さと喜びが溢れます。さらに、『たびくら』を読んで下さった多くの方から、感想メールを頂いています。
それがもう嬉しくて、嬉しくて。
家具作りと同様、こういう声を聞くと、苦労が吹っ飛びますね。
ありがとうございます。
そのいくつかを紹介しちゃいます。+++++++++++++++++++++++++
Iさん
小冊子「たびくら」有り難うございます
楽しく読ませて頂きました。
いつか旅する木の家具を持てる様に頑張って働きます。+++++++++++++++++++++++++
Dさん
「たびくらVol2」を送っていただきありがとうございます。
内容の濃さに、正直びっくり。
小さいながらも読みごたえがあり、
ますます、旅する木のファンになりそうです。+++++++++++++++++++++++++
Nさん
先日は「たびくら vol.2」をお送りいただきありがとうございました。
ページを開いたとたんに、工房にうかがったときの木の香りがしたような気がして
懐かしいような気持ちになりました。どの写真からも、日々の暮らしをていねいに切り取ったような愛情を感じます。
HPで読んだお話もレイアウトが違うとずいぶん印象が違いますね。
そろそろ2人とも老眼が入ってきているので、写真や文字がもう少し大きいといいかな〜なんて。カンナ研ぎに15年!「無心に研いで」と言葉でいうのは簡単ですが、本当の無心になるのって大変。
禅の修業みたいです。これからますますいいものづくりに磨きがかかりますね。
さてはて、わたしたちのフルーツトマトはここまで7年。
これからあと何年かかるでしょう? 笑 須田さんにおいつくようにがんばります!+++++++++++++++++++++++++
Sさん
たびくら2 拝見いたしました。お送りいただきありがとうございました。
ホームページも良くできてますよね。「須田さんはマルチな人だなぁ・・」とつくづく思います。
須田ファミリーの世界が非常に良くわかる冊子でした。私的にはハルニレや桜の木の物語や、カンナの話が面白かったです。
写真もいいし、構成もおしゃれだと思いました。
小さいのに贅沢な冊子です。
難を言わせていただくとしたら、たぶんおわかりかと思いますが、文字が小さい!
−あー若い人が作る冊子だ・・・と思いました。願わくは、ずっと継続していただけることを。
+++++++++++++++++++++++++
Yさん
お元気ですか?
毎日HP楽しみに拝見しています。お仕事も、とても忙しそうですね!
私達と同じように旅する木のファンが増えていますね!
なんだか嬉しいです。先日はたびくらを発送頂きありがとうございます!
子供達が参加でき嬉しいです!
あの写真やっぱいいですねとても好きです!我が家のキッチンは引っ越してから約9ヵ月が経ちましたが、
今も、一日の家事が終わり、眺めていますが、
やはり、とても幸せな気持ちになります。本当に、製作時には、ご無理を言って引き受けて頂き感謝しています。
須田さんと主人のおかげで今、私はあのキッチンに立てています!
本当にありがとうございます!友人達も「何度見ても、このキッチンはいい!」
と言ってもらってます!
自慢です!+++++++++++++++++++++++++
Oさん
今日、『たびくら』が届きました。
ありがとうございます。改めて、旅する木の魅力、
ー素敵な家具をつくると同時に、木や、お客さんとの物語を大切にされているー
ということを、感じることが出来ました。+++++++++++++++++++++++++
こんな嬉しい声を聞かせてもらえたら、それこそ、家具作りをほったらかしにして、
『たびくら』Vol3,4…をどんどん出したくなっちゃう。
って、それは本末転倒ですね。
これからも家具作りを通じて、一つ一つ物語りを築いていって、それを
『たびくら』などで紹介していきたいな。と思います。メッセージを下さって、本当にありがとうございます。
『たびくら』はこれからもず〜っと発刊していきたいと思っています。
経費?
かなりかかってます!
でも楽しさと充実感、そして喜びの声があれば、もう元は取ってる。
文字の大きさだけは何とかしなきゃ。
でも、あの冊子のサイズが気に入ってるんですよね。
少ない言葉で、より伝わる文章を書けるよう、文章能力に磨きをかます!が、
期待しないで下さい(笑)。
**************************************つい先日までの寝苦しい夜が嘘の様に、北海道は朝晩、
ヒンヤリ半袖では寒くなり、空気が澄んで、すっかり秋の気配に包まれてきました。
そろそろ冬支度の準備のことを頭に隅に入れておかなきゃ。
薪割りもやりかけたままだし。
今、東裏小学校のすぐ近くにある元保育所を自宅にリノベーションしています。
内部は全部自分でやろうと、先日、左官職人さんに一日講習を受けたんです。
左官職人「さすが普段もの作りをしているだけあって、勘がいいねぇ。
初めてにしては上手いですよ。」
僕 「いえいえ、それほどでもないですよ。まあ、でも昔から器用な方で、
技術系のことは初めてでも人並み以上に出来るんですよ。」(社員たちも一緒に習ったので)
僕 「山口君も花輪君も佐藤君も、みんなヘッタクソだなぁ。見てろ。こうやるんだ。」なんていう場面を想像してワクワクしながら迎えたのですが…。。
数時間後、
僕 「・・・」
山口君 「・・・」
花輪君 「・・・」
佐藤君 「・・・」4人とも、深刻な敗北感に打ちのめされ、静かにお弁当を食べていました。
そして僕がポツリ、一言。
「やっぱり俺たちは”木”だな。」
左官職人さんはコテを自分の手のように扱うんです。
右から左に動かす時はわずかに左を浮かし、すかさずに切り替えて右を浮かして右に動かす。
そして、
「シャ〜〜〜、シャ〜〜〜」
と、心地良い良い音を出すんですね。「良い職人は良い音を出す。」
この道に入り、いろんな家具職人と接し、感じていることです。
カンナを削っている時の音、
刃物を研いでいる時の音、
機械音だって、いろんな音があるんです。僕は加工している時いつも、道具の気持ち、削られている木の気持ちを想像しています。
カンナで天板を削っている時、
削られている木が
「お〜、気持ちいい〜♪」と言っているのか、
「イテ、イテ、イテテテテ。」と言ってるのか、
カンナも、「絶好調〜!!」と言っているのか、
「ちょ、ちょ、ちょっと待って〜。」と言っているのか、
そんなことを意識しながら削っています。機械だって、
「心地良い〜。」という場合も、
「ムリ、ムリ。」と言っている場合もあります。「もうムリ。」と言っている時も、場合によってはそのまま加工を続けなければならない時もあって、
そんな時は
「もうちょっと、もうちょっとだけ頑張ってくれ。」
と心で話しかけています。難しい危ない加工をしている時、その加工が無事に終わった時は、心の中で「ありがとう〜。」っと。
先程の左官職人さん、一つひとつの塗りが終わる度に、コテをタオルで綺麗に拭き取ります。
綺麗に大切に扱っている道具と、作業中、響かせる音で、仕事を見なくても、その腕前が
計り知れます。「良い職人は良い音を出す。」
それはきっと、道具や機械、刃物、材料の気持ちを解ってあげることなんじゃないかと思います。
そして、それを意識できるかどうかは、職人としての仕事をしている上で、とても重要な
ことなんじゃないかと思います。毎年一回、工房の体育館で、プロの音楽家たちによるクラシックコンサートを行っています。
音楽家の人が言ってました。
「この木造の体育館は、そんじょそこらのホールに負けないくらい、音がまろやかに響くよ。」っと。そんな体育館に、もっともっと心地良い音を響かせたい。
**************************************なんだか毎年書いているような気がしますが、
「今年の猛暑はすごいですね。」
北海道はそうはいっても28〜30℃くらいで、タオルケット一枚で寝ていると、
朝方は寒くて目が覚めるくらいですけど。ところで、娘は中学3年生。受験生です。
彼女はやりたいことがあるので、普通高校に行こうか、ちょっと特殊な高校に行こうか
悩んでいます。
大抵のことがそうであるように、二者択一の時、どっちも一長一短なもので、
親としては、中学3年生にそれを決めさせるのは酷かも知れませんが、
判断する資料などを自分で揃え、自分で判断するるように言っています。
もちろん、自分達の生きて来た経験を例えにして、アドバイスはしますが。先日、音威子府高校に通う女の子が工房に来ました。
ご存知だと思いますが、音威子府高校には工芸コースというのがあり、授業で木工を習うのです。
夏休みの課題は、”職人”と呼ばれる職業の人にインタビューをして来るんだそうです。
それで、僕のところに来てくれました。中学3年で人生の選択をしようとしている娘に対して、僕はと言えば、
ごくごく平均的な偏差値の、普通高校に、特に考えず入り、そこそこ勉強し、
理系の科目が得意だというだけで、理系の大学に進学し、やりたいことはあったのですが、
それに突き進む度胸がなく、特にカメラが好きなわけではなかったのですが、
給料や福利厚生などの条件でオリンパスに入社し、一生懸命働いてはいましたが、
30歳になる前にようやく人生を鑑みて、28歳の時に、木工の道に入りました。そんな僕からみると、高校の選択で音威子府高校を選んだその女の子なんて、
尊敬に値するわけです。「木工は楽しい?」と聞くと、
「とっても楽しいです!」っと。
そして、初めて作った作品をコンペに出したところ、入賞し、九州まで表彰式に
行ってきたんだそうです。
ところが、話しをしてみると、音威子府高校を選ぶ際、両親は賛成したものの、
学校の先生や、回りの大人たちは、「なにも今から将来の選択の幅を狭くすることは
ないんじゃない?」と反対されたんだとか。一番多感な高校時代に、自分の好きなことを、楽しんで生きること。
そして自分の頭の中にしか存在しないものを、世に産み出す時の溢れんばかりの
喜びと、それと同じくらいの苦しみ。
夏休みの課題で、”なんでもいい、職人さんと話しをしてきなさい。”なんて課題が
出され、ものを産み出している職人さんと話しをする。
そんな経験が、どれだけ若者の将来の可能性を切り開く上で、貴重な経験になることか。たとえ木工の道に進まなかったとしても、人生につまづくことがあったとしても、
その経験は、力強く起き上がる勇気と、その力を与えてくれると思います。蒔いた種が発芽し、成長し、実を付けるまでには、それなりに長い時間がかかるもの。
だから、種はできるだけ早く蒔いた方がいい。
蒔いた種が芽を出さなかったら、また違う種を蒔けばいい。
大事なことは種を蒔くこと。
そして、確かなことは、種を蒔かなければ、芽は出ないということ。娘がどんな選択をするのか解りませんが、すでに蒔きたい種をその手のひらに持っている
ことは、スゴいなぁ。と思います。僕が種を蒔くのが遅かったお陰で、娘は僕ら夫婦が種を蒔いて、苦労して芽が出るのを待って、
試行錯誤、一喜一憂しながらその芽を育てている様子の一部始終を見ています。持っている種を自分で決めた場所に蒔いて、丁寧に育てていってくれればいいなぁ。
と思います。
発芽するまでに時間がかかったり、上手く育たなかったり、苦労するかも知れないけれど
大丈夫。最後は絶対に上手くいく。と信じてる。
**************************************
先日、西当別小学校に木の遊具を製作しました。
2年ほど前に、とても悲しい出来事があり、ご両親が学校に寄贈するということで、
学校側から依頼されたものです。遊具など製作したことがないので随分悩みましたが、遊び方が決まっていないものの方が
子供たちの自由な発想で、それぞれの楽しみ方で遊んでもらえると思い、
考えているうちに、天からアイデアが降りてきたんですね〜。
『木の絨毯』格子の枠の中に1個ずつ積み木が入るようになっていて、
ちょっとした仕掛けがあって、つみ木の上に乗ると程よく沈み、積み木の上を
歩いたり、寝転んだりすると、気持ちが良いんです。
積み木は取り外せるので、積み木としても遊べるんですね。
3メートル×3メートル、積み木だけで4000個以上。
積み木の最後の仕上げは、6年生の皆さんと一緒に仕上げました。6年生ともなると、それほど遊ばないかな?と思っていたのですが、意外や意外、
もうビックリするほど盛り上がって遊んでくれました。
次の日に全校生徒に公開したそうですが、その時は僕はいなかったので、
どうだっただろう?と思っていたところ、数日後工房のポストに可愛い手紙が…。++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
旅する木のみなさん
こんにちは。
わたし達は西当別小学校6年1組の◯◯と、△△です。
この間6年生全員で仕上げた木のおもちゃは、大変好評で、人が多すぎて
木のおもちゃが見えないくらいまで人が集まっていました。このおもちゃを仕上げてみて、木でこんなに人気のある物になるんだと
関心をもち、くわしく調べてみたいと思っていたら、ちょうど、
”小学生新聞グランプリ”という北海道新聞主催の企画があるので、
それにこちらの旅する木のことを書こうと思うので、おうかがいして、
お話をお聞きしたり、写真をとらせていただきたいのですが、
よろしいでしょうか?ご連絡いただけたら幸いです。よろしくお願いします。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
という、小学6年生とは思えない、しっかりとした手紙をもらいました。
こういう手紙は本当に嬉しいですね。大事な宝物です。
それで早速土曜日、取材を受けました。
可愛い女の子の二人組。
今までいろんな取材を受けてきましたが、小学生による取材は初めてです。「東裏小学校のどんなところが好きですか?」
「一番嬉しい時はどんな時ですか?」
「一番幸せな時はどんな時ですか?」
「悲しい時はどんな時ですか?」
「これからどんな家具を作っていきたいですか?」
「…」小学生らしい、率直な質問。
毎日家具作りをしていると、ついつい慣れっこになってしまって
鈍感になってしまいがちなことを、改めて言葉にさせてもらって、
「やっぱり家具作りって、楽しくて、良い仕事!!」
と実感させてもらいました。
取材が終わった後、
「どう?いい記事書けそう?」
と聞くと、
「はい。なんかすごい書けそうな気がしてきました!」
と頼もしい返事。どんな記事になるんだろう?
とっても楽しみです。積み木をみんなで仕上げている時、西当別小学校の教頭先生が言ってました。
「僕ら教師が毎日言っている言葉より、こういう体験や、須田さんが指導しながら
話しかけた一言が、子供たちの心に響くことってあるんですよ。」僕自身、思い出深い仕事と、楽しい取材をさせてもらいました。
そして、積み木を仕上げた木工体験や、今の西当別小学校の子供たち、そして
これから通う子供たちの中で、この遊具で遊んだことが、なんらかのかたちで心に
残ってくれていて、小学校時代を思い出した時、木の絨毯のぬくもりを感じてくれたら、
そんな子供がいてくれたら…。。うれしいなぁ。
**************************************
『職人として一流のプロは、どこまでも追求心がある。
追求心がなかったら、それは仕事ではなく、作業だ。』伝えたほぼ全ての人に大笑いされますが、僕は是非出たいテレビ番組があります。
NHKの『プロフェッショナル』!ほら笑ったでしょ!
文頭の言葉。
先日の『プロフェッショナル』で、うなぎ屋の老舗の5代目、85歳のうなぎ職人の方の言葉。上の写真。
ドリルの刃がいっぱい入っていた。
長野県で精密機械の町工場をやっていた父が、
「もう使わないから、お前にやる」と言ってくれたものだ。
何度も研磨して短くなった刃が、軽く1,000本以上。
父が独立して40年、すっと捨てずに持っていたもの。なんだか言葉回しが『プロフェッショナル』っぽくなっちゃいましたね(笑)。
毎週録画して視ています。父は長野県の小さな田舎の村の農家に生まれたのですが、当時”日本のスイス”と呼ばれ、
精密機械産業が発展していた長野県岡谷市の町工場に働きに行くことになったんだそうです。
住み込みのでっち奉公で、朝から晩まで、プレス機械を使った単純な作業を
ひたすらやらされている中で、父はプレスの”型”を作っている職人が帰った後、
職人が作った型を分解して、研究して、朝までに組み直して、型作りの勉強をしていたそうです。
そんな父だったので、20代前半で独立し、母と二人、懸命に仕事をし、
僕は、プレスの横に置かれた段ボールの中に入れられて、育てられました。日本の経済成長期とも重なり、忙しくやっていましたが、それでも波はあるわけで、
他のプレス屋は、渡された型をプレスに付けて、1個何銭という部品を作っている中で、
父はその型を作れるので、大部助けられたようです。
よく子供の僕に、「親会社が4〜5工程の計算で見積もりしている仕事を、型を工夫して、
3工程で作れるようにしてるんだ。」というようなことを言っていました。そんな環境で育ったからなのか、家具職人の修行時代から、
”いかに速く、いかに正確に、いかに美しく”をいつも考えて仕事をしてきたつもりです。
仕上げは後輩やパートの女性がやっていたので、「須田さんが加工した部材は、いつも仕上げが楽。」
と言わせようと思って加工をしていました。
なので、僕が修行していた旭川の会社には、”須田スペシャルNo ◯”と名付けられた治具が、
いくつもありました。
いまだに使われているものもあるようで、この前、顔を出した時、知らない後輩が、
「須田さんが発明したこの治具、今も使っています。」と見せてくれて嬉しくなりました。「常に考えながら仕事をするように!」と口がすっぱくなるほど従業員には伝えています。
ただ目的の寸法にカットするだけの簡単な加工だって、誤差が出たとしたら狙った寸法より
大きくなる方、小さくなる方、どっちに振れれば問題にならないのか?
バリが出やしないか?その対処方法は?それでもバリが出る場合、どの向きに出すべきか?
次の工程を考えて、カットした部材をどっち向きに置くのべきか?
などなど、どんな工程にも、考えることはいくらでもあるんですね。それらを考えながら、しかもトップスピードで、正確に、美しく、やるのが”仕事人(職人)”
何も考えずにやるのが”作業員”。
その差は、とてつもなく大きいんです。
『プロフェッショナル』を見ていて、うなぎ職人の方が言った、文頭の言葉に
「その通り!!」と叫んでしまいました。特に「職人とは?」などという会話をしたことはないのですが、
父がくれた、このドリルの箱を取り出すと、自宅の横の工場で真っ黒になって働く父の姿と、
40年という歴史を感じ、知らず知らず、僕の中にその気質が受け継がれていたことに
改めて感謝の気持ちが湧いてきます。
ただ、僕が頭を使うのは、仕事の時のみ。
家に帰ると完全にオフになってしまうようで(無意識)、妻に言われる小言は、いつまでたっても、
何度言われても覚えられない。「この前言ったじゃん。」
「え?初めて言われたけど…。」
「リセットボタンついてるんじゃない?」家では作業員にさえなれていません。
そんな僕ですが、運転しながら、たまに、
「プロフェッショナルとは?」
を考えています…。
**************************************7月前半は本州並みの猛暑だった北海道ですが、最近は北海道らしい
爽やかな気持ちの良い晴天に恵まれていますね。先日、夜、娘と二人で映画を見に行きました。
『奇跡のりんご』
いい映画でしたね。
究極なまでのもの作りと、それを支える家族の姿に泣けました。
帰りの車の中で「いや〜、映画ってほんとにいいもんですね〜。」と話しながら帰ってきました。
そして今日は娘の誕生日。
15年前、看護婦さんが連れてきてくれた、しわくちゃの赤ちゃんを思い出します。
実は男の子を期待していた僕は、ちょっとガッカリしたものでした。
でも、やっぱり可愛くて、毎朝河原を散歩をするのが日課でした。
とってもパパッ子で、毎朝の出勤はいつも、今生の別れでしたね。
泣きながら僕にしがみつき、「ママしごと〜。(パパの代わりにママ仕事に行って。)」っと。
夜、目が覚めると必ず僕の布団に入ってきて、手をつないで寝たものです。
弟の妊娠中、妻は体調が悪く、数ヶ月入院していたので、僕と二人で生活していたのですが、
保育園に連れて行くのに、髪のセットが上手く出来ず、いっつも一番簡単な、お下げ髪に
していました。
最近はすっかりしなくなりましたが、僕は今でもお下げが一番似合ってると思っています。字が書けるようになった頃から手紙を書くのが好きで、しょっちゅう手紙をくれましたね。
当時、札幌の90坪の広〜いタマネギ倉庫で一人寂しく、薪ストーブにあたっていると、
ふとポケットに紙が。
開けてみると、
「パパ、いつもありがと。おしごと、いっぱいくるといいね。」
俄然、やる気が出たものです。
そんな出来事がついこの前のようです。
今は青春真っただ中(?)
僕には解決出来ない悩みや、僕には教えられない喜びを抱える中学3年生。ここのところ、ご注文頂いている家具の製作と同時進行で、リノベーション中の自宅の
製作するもので、工房に泊まり込みで早朝から深夜まで仕事をしています。
ご飯を食べに自宅に戻り、また工房に向かおうとする僕に、娘がポツリ。
「パパ、仕事しすぎちゃダメだよ。」
今も変わらず、僕の最高の栄養ドリンクです。
近々、ジブリ映画『風たちぬ』見に行こう。と約束しています。
実は、映画なんてなんでもよかったりして。
**************************************
最近、朝5時前から工房で作業をしています。
朝は気持ちが良いですよ。涼しいし。
と言っても4時台は早すぎですよね。
自宅の工事が大詰めで、大工さんが今月半ばでいなくなっちゃうので、
とにかく、木製窓サッシを完成させなきゃ!作業は夜の7時くらいにはやめるのですが、その後、ご注文頂いている家具や、
キッチンのデザインを起こす作業を深夜まで。
なので、家にいると家族に迷惑だし、はかどらないし、時間帯が全然合わないので、
実はここ最近、工房に泊まっているんです。先日、以前つむ通に書いた、O君が工房に来てくれました。
札幌屈指の進学校に通うO君は、回りの全ての友達が進学をする中、
「家具職人になりたい」と、一人だけ進学を希望せず、僕のところに相談に来たのが
昨年、高校2年生の時。
家具の世界を知れば知るほど魅了され、「勉強に身がはいらない」と悩んでいました。そんなO君から、「進路を決めたので、会ってご報告したい」というメールを頂き、
工房に来てもらったのです。
高校生にしては擦れているところがなく、その分、昨年会った時は、幼くも見えたのですが、
数ヶ月前、ご両親が工房に来て下さった時、
「自分から人に会いにいくような子ではなかったのですが…」というご両親の言葉から、
勇気を出して、僕のところに相談に来たのでしょう。その後、本州の木工家にも
会いに行ったようで、ちょっとたくましくなったように感じました。「大学に行くことに決めました。京都の大学に進学し、大学生活でいろんな伝統工芸を
見て、体験し、いずれ木工で自分の世界を表現できるようになりたい。」親や、先生や友達に言われたわけではなく、自分の将来を見据え、自分で決めた前向きな
決心と、それを語るO君の顔に、心地良さを感じました。
「その後の大学生活を思うと、ようやく勉強に集中出来るようになりました」っと。人は使命と運命を自分で決めて生まれてくると思っています。
今世で果たすべき使命、そしてそこへ導かん運命を。
これはどうにもこうにも逆らうことはできないもの。使命や運命って、自分で決められないの?
これは既に決まっていて、変えられないもののような気がします。
どんなにもがいても、スーッと吸い込まれていくようなもので。それじゃあ、個人の意志は?
あるんです。自分の意思で決められるもの。
それは使命に到達するまでの道。選択と言っても良いのかも。
右に行っても左に行っても、到着地点は一緒。でも、右に行くか、左に行くかは
自分で決められる。
そういうもんなんじゃないだろうか。
O君の使命が木工の世界の中にあるとして、でもすぐに木工の道に進まないこの選択は、
その道が遠回りだろうが、近道だろうが、いずれにしてもその道は
遥か先のO君の使命に通じているんだと思います。そしてやがて待ち構えている運命にも。だから安心して今は勉強に励んで下さい。先ずは目指す大学、合格しないとね。
もしかしたらO君には羨ましく感じるのかも知れない僕には、可能性の選択肢が
いっぱいあるO君の人生が羨ましくて仕方ない。
人なんてそんなもの。
だから、人に左右されることなく、これからも大事な決断は自分で決めて進んでいって
欲しいと思います。大丈夫。その決心して進む、全ての道は、ローマに通ず。
も、もとい、自分の使命に通じている。
**************************************先週末は良い天気でしたね。
最高のカフェ日和。
のはずでしたが、息子の急な発熱により、カフェはお休み。
でも、お陰で僕は土日、思い切り仕事が出来て、満足、満足。「休まないのか?」って?
「休めないんです…。」今、リフォーム中の自宅の木製窓サッシを作っているのですが、
これがなかなか手強いんです。
なんてったって、初めてのことだし、見本がないし、説明書はドイツ語だし…。
注文頂いている家具を製作しながらですが、4月からドイツ語の解読を初め、
試作をし、未だに完成していない。
もうちょっとのところまで来ているのですが、最後、ポンッっと抜け出せない。
モノ作りをしている人なら解ると思いますが、
”産みの苦しみ”ってやつですね。難しいことに挑戦するとき、必ずこの”産みの苦しみ”に悩まされます。
もう半ば慣れっこになっていますが、この苦しみをポンッと越えた時、
大きくステップアップするのです。
今、経験値を積まされている。ってところですね。そう言えば、今までもずっとこの繰り返しでした。
始める時には、「こんなもの、僕に作れるんだろうか?」といつも思うのですが、
悩んで、猛勉強して、苦労の後、数ヶ月後にはちゃんと形になっているんですね。工房を始めた頃、全く仕事がなくて事務所作りばかりしていた時、どういうわけか、
北海道新聞に取り上げられて、そのお陰で舞い込んだ最初の仕事が、マンションの
リフォームで、15メートルほどの壁一面に床から天井までの収納が並ぶ。というもの。
取り付けの仕事なんてやった事なかったし、しかも、マンションなんて、鉄骨構造なので、
ビスも効かない。
古いマンションなので、壁も床も天井も波打っていて、直線も出ていなければ、直角も出ていない。それでもお客様に、「出来ますか?」と聞かれると、
「大丈夫です。」
本当は大丈夫じゃないんです。めちゃくちゃ心配で、不安で、出来そうだなんて、ちっとも
思っていない。
でも、この仕事をやらなかったら、倒産しちゃいますから。
それから死にものぐるいで猛勉強。
綺麗に納まった時には、なんだか自分でやったんじゃない感覚になり、しばら〜く呆然と
見とれていました。→ こちらそれから舞い込んだ仕事がキッチン。しかも天板がステンレスの舟底の。
キッチンなんて作った事なかったし、機材の知識もないし、ましてやステンレスなど金属の知識も、
全くない。
それでもお客様に、「出来ますか?」と聞かれると、
つい言ってしまう。「大丈夫です。」
そして寝ても覚めても猛勉強。苦悩の日々。
そして数ヶ月後には、ちゃんと形になっている。
その仕事が → こちら と こちらすると次は天板が人工大理石のキッチン。
人工大理石?なにそれ?
「作れますか?」
つい言ってしまう、「大丈夫です。」
そして毎度の猛勉強。
人工大理石の接着加工は、とにもかくにもスピードが命。
3.6メートルの人工大理石の加工を一人でやるもんですから、苦労しました。何度もやり直して。
でも、数ヶ月後には、お客さんの家に綺麗に納まっている。 → こちら
忘れ難き仕事は → こちら
なんと、ニューヨークにお住まいのアメリカ人からのご注文。
「金属を使うことで、木のよさを最大限に引き出して。」という依頼。
これは、製作も苦労しましたが、海外発送ということでも良い経験をさせてもらいました。今、こうして振り返っても、第三者的な感覚になって、
「これ、全部一人で作ったの?信じられない!」と我ながら感心してしまいます。芽が出るか出ないかの弱々しい旅する木が、このような苦労、苦悩の日々を経験するたびに
根が張り、少しずつ成長してきているんですね。だから、今試作している木製窓サッシも、絶対に乗り越えて、もうちょっとしたら、
ちゃんと納まって、それを感慨深げに眺めている僕がいることを確信し、苦労を楽しんでいます。旅する木を立ち上げる時、いくつかの夢を掲げました。それがこれです。
7年前に掲げたまま、すっかりこのページは更新していないのですが、ちゃんと”建築”が
含まれています。
ちょっとずつ、『旅する木』という木が成長し、お客様の求める声としても、”建築”に関する
ことが増えて来て、そんなタイミングで自宅を建てることになり、
少しでも銀行から借りるお金を少なくする為に、出来うる全てのことを自分でやろうと、
玄関ドアーから木製サッシ、建具の枠、建具、フローリング、キッチン、備え付けの収納家具
内部の羽目板、塗り壁など、建築に関する木部という全ての木部を猛勉強しながら、苦労しながら
製作している今のこの経験は、きっとまた、旅する木にとって、しっかりした根っこを
張ることになるのではないかと、正直、するべき事の多さとプレッシャーに押しつぶされそうに
なりながら、フラフラしている自分に頑張れ!と言い聞かせているところです。上記に書いたように、今までも様々な壁が目の前に立ちはだかった時、弱音を吐きながらも
何とか乗り越えてきたことを知っている妻や娘の、
「パパだったらきっとまた大丈夫だよ。」という言葉が、背中を押してくれます。いつになるかまだ解りませんが、完成したらオープンハウスをやろうと思っています。
今の僕の、旅する木の精一杯を、そして”旅する木のこれから”を見てもらいたい。
建物のいたるところに、遊び心をちりばめた、旅する木らしい、楽しい家を作っています。
どうぞ、お楽しみに!!
**************************************
娘がブログを久しぶりに更新したので、覗いて見て下さい。 → こちら
「パパのブログに、見てくれるように書いといて!」とお願いされたので、開口一番、
載せておきました。 → こちら しつこい(?)トップページに、写真付きで載せました。
ずっと早く出したいと思っていた旅する木の小冊子、『たびくら』vol.2、
やっと、ようやく発刊出来ました!
今回は、Vol.1よりも濃い〜、楽し〜い、旅する木がギッシリと詰まっています。
Vol.1より2ページ多い、18ページ。
是非、読んでみて下さいね♪ → こちら宣伝オンパレードですね(笑)。
すみません。ところで… 本題に入ります。
今年の4月から、旅する木は、僕と妻を含め、旅木ファミリー5人でやっています。
僕の出身は長野県、妻は東京、山口君は大阪、花輪君は埼玉、佐藤君は山形。
誰一人道産子がいません。先日、花輪君が親戚の結婚式で、実家に帰省しました。
家族で北海道に移住して来てから初めての帰省だったので、こっちに戻ってきてから、
「両親はなんて言ってた?」と尋ねると、
「父親に、「たびもっくんを見てる。」と言われ、驚きました。」と言っていました。いい年になると、父親とはあまりべちゃくちゃしゃべらないもので、花輪君も
そうらしく、その父親の口から”たびもっくん”という言葉が出るとは思わなかった。とか。そりゃそうですよね〜。僕も旅する木のHPを、親が見てないことを前提にしています。
お客さんは、家具を褒めてくれたり、つむ通を「面白い!」と言ってくれますが、
札幌から当別への引っ越しの手伝いに来てくれた父は、引っ越しが一段落して
時間を持て余した時、
「何か仕事で手伝う事あるか?」と言われ、
「大丈夫。素人がそう簡単に出来るもんじゃないから、どっか旅行でも行ってくれば。」
と、思いやりのつもりで言うと、息子に”素人”と言われたのがカチンときたらしく、
「2,3日やればお前より上手く作れるわ。」というような親なので、
そんな父にHPやブログを読まれたら、
「何を青二才が生意気なことを言ってやがる!」と言われるのがオチですから。でも、何歳になろうとも、親にとっては、息子は息子。いつまでたっても青二才なんでしょうね。
元気にやってるか?北海道での生活はどうか?家族仲良くやってるか?孫はどうだ?
口に出さねど、心配しているんだと思います。
母親と違って、気軽に電話など出来ない父親が、”たびもっくんが今日も行く”や”つむ通”
に登場する息子の姿を見て、少しでも安心するんだとしたら、もっと頻繁に更新しなきゃなぁ。花輪君のお父さ〜ん、山口君のお父さ〜ん、佐藤君のお父さ〜ん、
息子さんたちは毎日元気に、一生懸命家具作りに励んでいますよ〜。
多分、楽しく、仕事していると思いますよ〜。
息子さんの働いている工房がどんなところか知りたいですか〜?それでしたら、是非、『たびくら』Vol.2 を…。
おいおい、結局宣伝かよ!!
もういい!(笑)
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本日都合により、カフェはお休み頂いております。
せっかく来て頂いたのに、申し訳ございません。
でも、旅する木はやってます。
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最近北海道も暑くなってきましたね。
昨日は小学校1年生になった息子の運動会でした。
50メートル走や、玉入れなど、頑張ってました。息子の運動会ということで、カフェはお休みにしました。
カフェはケーキ作りなど妻が一人でやっているので、
何か突発的な事情が発生すると、休みにすることがあるので、
朝9時までにHPに、営業するか、しないか、UPするようにしています。それでもそのことを知らずに来てくれる方がいます。(申し訳ございません。)
なので、お休みの時は、玄関に貼り紙をします。
いつもは妻の手書きなのですが、昨日は運動会のお弁当作りで忙しくて、
僕がパソコンで書きました。
それが上の文章。
ところで、突然ですが、昔、ん〜、どれくらい前ですかね。
『ボキャブラ天国』って番組、ご存知ですか?
大好きで、毎週見てました。
若かりし頃の海砂利水魚、ネプチューン、アンタッチャブルなど出てましたね。
中でもやっぱり爆笑問題は、群を抜いて面白かった。なんで突然そんな話題かって?
僕がPCで書いた上の言葉、みなさんはどう受け取りましたか?
もう一度、読んでみて下さい。運動会から帰って来た妻が、わざわざ工房に来て、
「なに〜、あの貼り紙?”」僕「…?」
妻「でも、旅する木流行ってます。」
僕「流行ってます?そんなこと書いてないって。」
お気づきですか?
”旅する木はやってます。”
『旅する木は、やってます。』
『旅する木流行ってます。』僕「お〜、ボキャブラじゃん!」って。
喜んでる場合じゃないですよね。嫌なヤツじゃん。カフェが休みだって知らずに、わざわざ当別まで来て下さったお客様に、
「今日はカフェ、お休みです。こんな気ままに休んだりするのですが、
それでも旅する木、流行ってるんですよ。」っと言ってるようなもんじゃないですか?
「自慢か!!」ってつっこまれますね。
僕は、「カフェはお休みですが、旅する木は、やってるので、よかったら家具を見ていって下さい。」
と言いたかった訳です。日本語は難しいですね〜。
カフェはたまに休むかも知れませんが、
”いつでも旅する木はやっていたい。”(笑)
**************************************「じぇじぇ〜!!」
いつの間にかつむ通の更新が10日以上もほったらかしになってしまっていました。
ご無沙汰しておりま〜す。ところで最近…、
おっと、すんなり受け流すところでした。
「じぇじぇ〜」って解りますか?
もちろん知ってますよね〜。視聴率、かなり高いようですもん。
僕も何十年振りにハマって、録画して夜、楽しみに見ています。NHKの朝ドラ。
『あまちゃん』
あきちゃんもゆいちゃんも可愛いですね〜♪
クドカンの小技の聞いた笑いと涙に、須田家は全員、完全にハマっています。つむ通をほったらかしにして、何してたかって?
悩んでましたね〜。
仕事して、悩んで、悩んで、仕事して…。
かなりやられてます。(未だに)ご注文頂いている家具の製作をしながら、自宅のリフォーム工事がちゃくちゃくと
進んでおり、そっちの作業も進めなければならず、さらに、打ち合わせ中の家具や
キッチンのデザインや作図の作業、そして旅する木の小冊子『たびくらVol.2』の
編集作業などなど。
頭の中がごちゃごちゃになっちゃう。特に自宅の方は、いよいよ外壁の工事に入り、早く木製窓サッシを取り付けなきゃ
大工さんの手を余してしまう。
この木製サッシがもう、超難問。ドイツから輸入した特殊な金物を使うのですが、説明書が全てドイツ語なんです。
当たり前だろ!って?
ドイツ語翻訳のサイトで単語や文章を調べながら、理解しようと試みているのですが、
なんせ、専門用語ばっかりなので、出て来ない。
しかも、ドイツ語には、”A”や”U”の上に”‥”がついた文字があったりして、
それが入った単語は、キーボードで打つことすら出来ないんですもん。
ただひたすら、眺める日々。でも、不思議なことに…。
よく『心は言葉の壁を越える』とか、『愛は国境を越える』(関係ない?)とか
言うじゃないですか。
わけの解らないドイツ語の解説書を、穴があくほど、ず〜っと、じ〜っと眺めていると、
言葉の壁を越えてくるんですね。
ちょっとづつ、こんなことを言ってるんじゃないか?なんて。そういえば、学生時代、カナダに遊学していた時。
最初の2ヶ月はバンクーバーで英語学校に通っていました。
バンクーバーの英語学校は、8割方日本人で、たいして英語など身に付かない。
それでもって、4/19のブログで書いたように、家にいてもそこはインドなので
割り切れず、結局しょっちゅうバンクーバー美術館の前の階段に座って、
タバコなんか吸って時間を潰しているわけです。バカですね〜。
しかもメンソールなんて。そうすると、いろんな外国人(僕が外国人なのですが…)が頻繁に話しかけて来て
くれるんです。
「おお、こっちの方が英語の勉強なるじゃん。」
なんて喜んで、いつもそこに座ってましたね。
後で解ったのですが、カナダでメンソールのタバコを吸っているということは、
「私はゲイですよ。」というアピールなんだって。「じぇじぇ〜!」(今更?)
特に何事もなかったのは幸いでしたね。
そんなカナダでの生活。
ホームステイ先はインドだったけど(笑)、家はノースバンクーバーの小高い丘の中腹で、
近くの公園からは、港の向こうに行き交う船、そしてその向こうに美しいライオンズゲート
ブリッジが、そしてバンクーバーの町並みが見渡せる、とっても良い場所。
よく散歩に出かけては、その公園に座ってスケッチブックに絵を…。
絵は下手だったので、詩を書いていたものです。「じぇじぇじぇ〜!詩?ポエム?」
いやいや、外国で独りぼっちで、寂しいほど美しい場所にいたら、絵なのか、詩なのか…。
写真ではなくて、もっとアナログ的な方法で、記憶に残そうと思っちゃうもんなんです!そんなある時、自転車で旅をしているカナダ人に声をかけられました。
場所を聞かれたんです。
僕はなんにも頭で考えずに、自然と、それこそ自然と普通に英語がポロっと口から出たんです。
「I can't speak English.」
その旅人は爽やかな笑顔で、バイバイをして行きました。
「お〜、俺、今英語しゃべれたじゃん!」
なんだか、その旅人と心が通じ合ったような気分になって、かなりテンション上がったものです。
ドイツ語に悪戦苦闘しながら、木製窓サッシの試作が完成した先日、
なんだか『言葉の壁を越えた』あの瞬間の記憶が蘇り、嬉しくなりました。全然『言葉の壁』、越えてないから!
「じぇじぇ〜!」
そいえば「じぇじぇ〜!」の意味、説明してなかったっけ?
「じぇじぇ〜!!」
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北海道もやっと、ほんとにやっと暖かくなって来ました。
本州の人には、「今頃?」と言われますが、
札幌は桜が咲き始めました。まだ5月だというのに、ほぼ今年のご注文はいっぱいになりつつあります。
一点一点、丁寧に時間をかけて製作しているので、それほどたくさんの家具を作れないんです。
お待たせしているお客様には、本当に申し訳ないという気持ちと、こんなに長い時間を
待って頂いて感謝しています。
こんなにお客様を待たせていて申し訳ないのですが、昨日もすごい無駄な時間をかけて
しまいました。
無駄?
ん〜、無駄といえば、無駄、大事なことだと言えば、その通りだんだけど…。。椅子の木取りは本当に時間がかかってしまうんです。
材料屋さんから届けられた3メートルもある長い木材を、椅子なんて一番長いパーツで
せいぜい70センチくらいなものなので、カットしていくのですが、それがもったいなくて、
もったいなくて。
機械の上に木材を持っていって、機械のスイッチを入れて、あと材料を押せば3秒で
カットできるのに、押せないんです。
刃物が回ったまま、木材とずっとにらめっこ。
結局機械を止めて、また材料置き場を見に行って、短くカットするのに適した木材を探します。数ヶ月先に製作することになっている作品の図面まで持ち出して、
「この木はそれに使う方が活かせるから取っておいて…」
なんてやっていると、あっという間に1時間なんて過ぎてしまう。
その間、家具作りは何にも進んでいないんですから。
他の家具屋さんの社長が見ていたら、
「俺だったらあいつ、クビにするな。」と言われちゃう(笑)。時間は刻一刻と過ぎて行く。
結局あるところで決断をしなきゃいけない。そんな時、子供の頃、年末に必ずやる、”忠臣蔵”を思い出します。
大石内蔵助は、仇打ちをした後、切腹をせずに、自分たちの処分を将軍、徳川綱吉にゆだねます。
綱吉は悩みます。
忠義を貫いた赤穂浪士を切腹させるべきか、助命するべきか。
悩んでいる綱吉に、家臣が、
「ここまで将軍を悩ませたんだから、いいんじゃないか。」
と助言をし、武士の道を立てるという意味を込め、切腹を命じるのです。1時間くらい悩みに悩んで、思い切ってカットする。
「ここまで僕を悩ませたんだから、許してくれ。必ず活かすから。」
そんな気持ちで。ん〜、俺、この仕事向いてないかも…。
なんて思う瞬間でもあったりして。でも、木はそれぞれたった一つの”命”ですからね〜。
その命を奪ったんですから。
その奪った命に、再び魂を吹き込む。
それが家具職人という、僕の仕事。その木を最高に活かしたい。
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先日、北海道新聞に旅する木の記事が掲載されました。
北海道新聞の影響力はスゴいですね
朝刊に載ったその日、次から次と車が入って来て、駐車場も下駄箱も常にいっぱい。
一日に100人くらいの人が旅する木とカフェに来てくれました。
「GWはもうみんな予定が入っていて、たいして来ないだろう。」
なんて楽観視していた僕と妻は、てんやわんや。
娘と息子総動員で、何とかGWを乗り切りました。
この道新の記事のお陰で、一つ、出会いと言ったらいいのか、別れというのか、
心に残る出来事がありました。独立してすぐの頃、まだ旅する木が札幌市東区のタマネギ倉庫の頃。
木工教室に参加してくれていた◯さんが、「道新を見て、嬉しくなって…」と
メールをくれました。◯さんは定年退職された後、本州の職業訓練校に通うほど木工が好きで、
ガレージに木工道具を揃え、趣味で製作していたようです。
一度だけ、家具の取り付けの際、吊り戸棚は支えてくれる人がいないと、どうしても
取り付け出来ないので、お願いして手伝って頂いたことがありました。◯さんのメールの続きには、体調の関係で、趣味の木工が出来なくなり、
楽しませてもらった道具を捨てるのは忍びなく、もらって頂けないでしょうか?
ということが書かれていました。今日、わざわざその道具たちを持って来てくれました。
帰った後、きちんと箱に入って整理されたそれらの道具を、一つ一つ箱から出してみました。
プロの僕の目からすると、カンナの刃の研ぎが今ひとつだったりするのですが、
それがかえって、何度も失敗しながら、一生懸命研いだ痕跡となって
現れているようで、涙が出そうになりました。いつの日か、僕の道具も、僕が使えなくなって、誰かに譲り渡す日が来るのだろうか。
家具職人にとって手工具は、自分のクセであったり、使い勝手であったり、それぞれが
自分に合うように微妙な調整をしているので、他の人には使わせないものです。
僕も触らせません。
そんな道具たちのことを思いました。◯さんは、趣味なので、そこまでの思い入れがあるかどうかは解りませんが、
それでも、老後の趣味として楽しもうと揃え、使っていた道具たち。
僕が「ありがたく使わせて頂きます。」とお伝えすると、
「子供の就職が決まったような気持ちです。」という◯さんからの返信の言葉からも、
それを手放すということには、大きな思いがあるんだと感じます。帰りがけ、テンダーフレームを渡しました。
夜、「過分なお土産を頂いてしまいました。」というメールが届きました。
5年前、取り付けを手伝ってもらった時、たいしたお礼が出来ず、気になっていました。
道新の記事をご覧になって、ご連絡を頂き、やっとあの時のお礼が出来ました。
頂いた道具たち、大事に使おうと思います。
◯さんの思いも受け継いで。
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GWに入って、今年もカフェがオープンしました。
オープン初日、この時期には考えられない雪まじりの暴風雨。
それでもオープン時間と共に、毎年来て下さるお客様が楽しみに入って来てくれました。
嬉しいですね〜。
ありがとうございます。
今年も喜ばれるカフェをやっていきますので、どうぞよろしくお願い致します。ところで、たびもっくんでちょこっと触れていますが、いよいよ自宅の改修工事が
始まっています。
40年前に建てられた元保育所。
平成20年に閉所になったまま4年間、誰も出入りしなかったし、40年前の建物だし、
見た目ボロボロだし、中に入ったら床もボワンボワンだし…。。
まさか生かせるとは想像もせず、壊して小さな家を建てるつもりでした。でも、4年間も誰も住んでいなかった割には、中の空間は変な雰囲気が全くしない。
むしろ、何だか気持ちが良くなるというか、良い”気”があるとでもいうのか。
地元の人に大切に使われて来たんだなぁ。と感じられる建物。
建築家に見てもらったら、
「40年前の建物で、しかも4年も無人だったのに、こんな気持ちの良い空間は奇跡だよ。
この建築がまだ生きようとしている何かを感じる。」っと。
確かに!実はここ数年、毎年の大雪で保育所の屋根には2メートルを越す雪が積もっていました。
地元の人は「この冬、絶対に潰れるわ。」と毎年言っていました。
それなのに、凛としていっこうに潰れない。
「なんだよ。結構しっかりしてるんだ。保育所がやってた頃、子供たちがいる時に
潰れたら大変だって、こまめに屋根の雪下ろしをしてたのに。全然大丈夫だったんだ。」
とボヤくほど。この40年前に建てられた保育所をリフォームすることにしました。
ただ・・・ただ ただ ただ ただ、問題が…。。
保育所だけあって、広いの。普通の家2軒分。
工務店に出してもらった最初の見積もり金額を見たら、倒れそうになりました(笑)。
「無理、無理、無理、無理。壊して小さい家にしよう!」
でも、保育所に足を運ぶと、「この気持ちの良さは何なんだろう?40年の間、
愛されて来たんだ。…壊せないなぁ。」と。
でも「背に腹は代えられない。」と自分の中で格闘の日々。失うお金と、愛され続けた40年という月日が作り出すこの空間を壊すことにより、
失うものとを天秤にかけた時、迷いは消えました。工務店の見積もり項目を全部見直して、自分で出来そうなものは全て自分で
やることにして、この建物を生かすことに決めました。
外回りと、屋根工事以外は全て自分でやることに。
フローリングはフローリングを作るところから。
キッチンや収納は当たり前ですが、玄関ドアや、全ての建具も。
そして今、一番僕を悩ませいているのが、木製サッシ。木製サッシ、憧れますよね〜。でもむちゃくちゃ高いんです。アルミサッシの
ゼロが一つ多いくらい。
悩んでいるというのは、木製サッシにしようか、アルミサッシにしようか?
ではなく、木製サッシをどうやって作ろうか?
しかも、世界中、どこの木製サッシメーカーも、材料費を押さえるため、
耐候性の弱い、針葉樹で作っているのだけど、それを僕が毎日家具を作っている
硬くて丈夫な広葉樹で作りたい。建築の最大の弱点は窓回り。断熱(結露)にしても、痛みにしても、老朽化にしても、
窓回りから発生するもので、ここをしっかりしておかないと、後々取り返しのつかない
大きな問題を抱え込むことになってしまうのです。木製サッシを作っているメーカーに、「自分で作るので、教えて下さい。」と言って
教えてくれるはずもなく、金物だけ売ってもらうよう頼んでも断られ、今、ネットや
文献を探して、猛勉強中。夢でもうなされるくらい。
とにかく金物が特殊で、日本のメーカではないので、ドイツから輸入することにしました。
昨年ですら、年間通して10日くらいしか休んでいないのに、今年はありがたいことに
それ以上のご注文を既に頂いています。
それに加えて、自宅の家つくりのほとんどをやる事になり、今はとにかく時間が欲しい!
普通に考えたら、絶対に無理な状況なのですが、僕の根底にある考え。
”乗り越えられない壁は、そもそも与えられない。”
絶対に何とかなる。数ヶ月後には完成して大喜びしている自分の姿があることを想像し、
猛勉強と、猛仕事に励んでいます。さらに、さらに、発表しちゃいますが、この秋に、ずっと、ずっと夢だった、憧れだった
アラスカに単身、行くことになりました。しかも20日間。キャンプ&テント生活で。
きっと、とても楽しく、そして過酷な旅になると思います。いやいや、無理だって。どう考えたって無理だって。
”乗り越えられない壁は与えられない”って、与えられてるんじゃなくて、
自ら選んでるんじゃん!!そうなんだけど…
でも、どれも一生で何度もあるチャンスじゃないから、何としてもこの壁を乗り越えたい。
これを越えた先の僕自身と、そして旅する木には、きっと新しい境地と可能性があるんじゃ
ないかと。そんな自分と、旅する木を見てみたい。
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つむ通の更新が滞っていますね。
実は、夜な夜な楽しみなことがありまして…。
ついつい、やらなきゃいけないことを後回しにしてしまっています。
それは…。。ついに、ついにゲットしたんです。
僕の人生に最も影響を与えたと言っても過言ではないテレビドラマのDVD。「なんだよ。本とかじゃねぇのかよ!」
ま、まあ、哲学書とか、小説だったらカッコイイのですが…。
倉本聰脚本の『ライスカレー』というドラマ。ご存知ですか?
僕が高校生の時に夢中になって見ていたドラマ。もう二十数年前ですね。
キャストはデビューしたての時任三郎、陣内孝則、中井貴一、藤谷美和子などなど。
全13回のドラマを毎晩1回づつ、見ています。甲子園を目指して、野球に打ち込んでいた若者が卒業し、それぞれ板前などの仕事を
しているのですが、今ひとつ、夢中になりきれない。
そこに野球部の大先輩で、カナダの寿司屋の板前をしている次郎(北島三郎)が帰省し、
若者3人に、「カナダでライスカレー屋をやるから、お前達、カナダに来い!」と誘うのです。
次郎の誘いに乗ったケン(時任三郎)と、アキラ(陣内孝則)は次郎を頼ってカナダに行くと、
約束していたはずの次郎は、オーナーの妻と駆け落ちしていなくなってしまっていた。
英語もわからない二人は、いきなり全く知らないカナダに放り出され、様々な人と出会い、
翻弄されながら、やがてログハウスを建てているBJ(中井貴一)の手伝いをすることに。
全く性格の違うケンとアキラ、二人が夢を探し求め奮闘する様子を描いたドラマです。大学に入ったものの、授業など行かず、アルバイトをしてお金を貯めては北海道を旅し、
将来何をしたらいいのか解らずにプラプラしていた僕に、このドラマがピタッとはまり、
「よし、カナダに行こう。カナダに行って、ログハウスを建てよう!」とすぐに
休学届けを出して、単身カナダに行ったのが大学3年の時。カナダ大使館で紹介してもらったホームステイ先の人が、バンクーバー空港に迎えに
来るはずでした。”Shuji Suda”というプラカードを持って。
空港なので、迎えに来て待っている人がたくさんいるので、なかなか見つけられない。
僕以外にも同じ様に、ホームステイ先の人を捜している人たちがいたんでしょうね。
プラカードを持っている人もたくさんいました。
その中に、頭にターバンを巻いた人が…。
初めての海外、初めての入国検査でドキドキ、全く余裕のない僕は、「この人は無いな。」
とプラカードも見ずに、白人の人を捜していました。どんどんホスト先の人を見つけ、だんだん人がいなくなり、かなり心細くなりました。
とうとう、僕とその頭にターバンを巻いた人が残りました。
「いきなりライスカレー状態?」なんて思いながら、ようやくその人のプラカードを見ると、
汚ない字で書いてあった文字は ”SHUJI SUDA”空港からバンクーバーに向かう車の中で、隣で運転する人のターバンを見て、
「なんでインド人なんだよ〜。」
家についてすぐに開かれたパーティーに来た人たちの中にもターバンを巻いた人が…。
「なんなんだよ〜。」出てくる料理はいろんな種類のカレー。
「おいしいけどさぁ。バーベキューじゃねぇのかよ。」今だったら
「カナダに来て、インドも味わえるなんて、一石二鳥(?)。ラッキーじゃん!!」
って、とっても楽しめると思うのですが、初めての海外、憧れのカナダでの、
日本で見ていた外国のホームドラマに出て来るような生活を思い描いていた、
まだ二十歳そこそこの僕には、その状況を楽しめる余裕など、ありませんでした(笑)。日常会話程度は身につけてから…。
と思って通ったバンクーバーの英語学校は、8割くらいが日本人で、あまり英語も
身に付かず、すぐに辞めて、「もういいや。ログハウスを建てに行こう。」とあても無く
ログハウスの仕事を求めて、グレイハウンド(長距離バス)に乗って、北へ北へと
田舎町を転々としました。当時、カナダはとても不景気だったようで、行く先々のマンパワー(職業安定所)は
行列になっているほど。
ろくに英語も話せない、どこのウマの骨かわからない、住処もない、小さな日本人を
雇ってくれるところなど無く、次の町へ、また次の町へ。っと。行き着いたところは、ほんと小さな町で、ログハウスを建てる為、大きな木を育てる為の
間伐の仕事。つまりは”木こり”ですね。
「なんなんだよ〜。」この時のカナダの思い出は、辛く、淋しいことの方が多いかな?
でも、この辛く、淋しい思いが、当時、穴の空いた僕の心を満たしていた部分はあるんです。
『ライスカレー』の中で、ケンやアキラが言うセリフがあります。「ホント言うと何でもよかった。ライスカレーじゃなくたって。とにかく夢中に
なれるものが欲しかった…。」この言葉が、その後、ずっと、今でも、僕の心の奥の引き出しに閉まってあって、
時々開けると、あの、グレイハウンドのバスの窓から流れるカナダの美しい風景と、
そして、淋しさを思い出します。”夢中になれるもの”
人は、それをずっと、一生探しているのかも知れない。
それを探し続けることが人生なのかも知れない。
そして僕はまだ、あのグレイハウンドのバスに乗って旅をしている。
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新年度に入りましたね
先日は息子の小学校入学式でした。
そして、旅する木にも、新たな仲間が加わりました。花輪君です。まだ一週間ですが、その腕前に驚いています。
負けているとは思いませんが、良い勝負が出来るんじゃないかと、楽しみです。いやいや、仲間になったんだから勝負する必要ないんじゃない?
共にお客様に喜ばれるものを、心を込めて作っていけば…。
ダメダメ。やっぱり勝負ですよ。
独立してからというもの、競い合う相手がいなくて、うずうずしていたので。
こういうところがいつも妻に、「くだらない。」「精神年齢が低い。」と言われます…。
花輪君から初めてメールをもらったのは3年前。
東京の家具屋さんで働いていた彼が、HPで旅する木の存在を知り、
居ても立ってもいられないという感じで、旅する木にやってきました。そろそろ従業員を一人、考えようかな?と思っていたタイミングだったのですが、
話しを聞くと、奥さんと子供もおり、東京に家を建てて、ローンを払っているということ。
そして、東京でバリバリ仕事をしている奥さんが、北海道移住に難色ということで、
「無理な条件が揃い過ぎている。」と思っていました。でも、ちょっと僕の心を動かしたのは、工房見学と僕と話しをする目的で来たのに、
「明日東京に帰るので、今日一日、手伝わせて下さい。」と言って、作業着を持参してきたんです。
結局花輪君を雇うことはなかったのですが、それからも度々メールをもらったり、
何度か北海道に来た時に、手伝ってもらったりしながら、交流をしていました。
その後に起きた震災や、双子の誕生などで、奥さんの家族観や人生観が変化し、
家族で北海道に移住する決意をしたようで、
「新たな人材採用の予定はありますか?とにかく旅する木で、須田さんと働きたい!」
という熱いメールをもらいました。花輪君と話した感じから、奥さんが北海道移住に賛成することはないと踏んで、
「奥さんが賛成しなかったらダメだね。」と断ってきたのですが、
まさか、奥さんが賛成に転じるとは…!
花輪君を断る理由が無くなってしまい、雇わざるを得なくなってしまいました(笑)。。それから半年、北海道移住の為の準備をし、東京の家も車も売って、家族5人で
北海道にやってきました。
旅する木にやって来た花輪君の第一声は、「とうとう来ちゃいました。信じられないです。」信じられないのはこっちだよ。
「主人がそんなに良いっていう旅する木、何がそんなに良いのか見てくる」と言って単身、
旅する木に来た奥さんに、「僕の良いところしか見ていないし、ブログなんて良い印象を
与えることしか書かないからね。本当はそんな人間じゃないよ。気分屋で八つ当たりもするし、
理不尽なことも言うし、山口君(従業員)なんて苦労していると思うよ。」と言ったのですが、
「旅する木で僕と働きたい!」という思いだけで、うちよりずっと給料のよい会社を辞めて、
東京を捨て、家を売って、家族で北海道に来るなんて…。より大きなものを捨ててきた人の覚悟を、僕はしっかりと受け止めようと思います。
捨ててきたものに見合うだけの旅する木でありたいと。
”三日・三月・三年”、”石の上にも三年”などとよく言います。
3年が一つの区切りだとすると、札幌で3年、当別に来てから3年。今4年目を迎え、
従業員が二人になって、また新たな旅する木のサイクルに入ろうとしている感じがしています。ありがたいことに、山口君も、花輪君も、僕が教育している訳ではないのに、僕の心というか、
旅する木イズムとでもいうのか、そういうものを理解してくれていて、というよりも、
そういうものに賛同して来てくれているので、本当に一生懸命やってくれています。
従業員というより、旅木ファミリーとして、旅する木で共に働くことで、より良い人生を
歩める様に、そんな風に人生を懸けられる僕であり、旅する木でありたいと思います。
子供が親を育てる様に、旅木ファミリーが僕を育ててくれているような感じです。やりたいことはいっぱいあります。
苦労することもいっぱいあると思います。
それ以上に楽しいことがいっぱいあるはずです。
共に夢を見よう。
共に夢を叶えよう。
共に良い人生を歩もう。
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新年度が始まりましたね。
工房のある当別もようやく、春らしく、昼間は雪解けが進んでいます。
朝晩はまだ、氷点下ですが。新年度早々、4月1日の朝、ラジオに出演させて頂きました。
HBCラジオの「山ちゃんと美香の朝ドキ!」という番組の「ジョージア朝ドキ!リクエスト」
というコーナー。
出演者にはジョージアの缶コーヒー30個プレゼントされるんですって。機械がセットされて、イヤホンをあてて、オンエアーの時間が近づいて来て、
「全然大丈夫です。私に任せといて下さい!」という言葉を期待して、
「やっぱり生放送は緊張しますね。」と僕が言うと、
リポーターの女の人は
「こんなこと言ったら不安になると思いますが、今日からスタートするコーナーで、しかも
私、これが初めてのリポートなんです。私も緊張してます。」っと。
僕 「・・・大丈夫ですよ。」ところが、放送が始まって、リポーターが話しをしているのに、
スタジオのキャスターが、「初コーナーや、初リポートの時って、いろんなハプニングが
起こるものなんですよね。」
なんて言って、リポーターの話しに取り合わない。
なんだか機械の故障で電波が出なくて、聞こえていないらしい。
急遽電話での対応に。
リポータの持っている携帯電話を、交互に渡し合いっこしながら、何とか会話をして、
無事に終了。僕がリクエストした、Mr.children の『終わりなき旅』がかかった時には、ホッとして、
「良かったですね〜。無事に終わって。」とお互い、ハイテンションになっていました。そう。このコーナーでは、出演者がリクエストした曲を最後に流すんです。
ミスチルの『終わりなき旅』は、独立したばかりの頃、仕事が全然なくて、不安で
押しつぶされそうだった頃、よく聞いて、勇気をもらっていました。
”高ければ高い壁の方が登った時気持ちいいもんな まだ限界だなんて認めちゃいないさ”
そうだ!まだまだ頑張れるさ。
なんて。
今でもミスチルは本当によく聞いています。特に最近聞くのは『Gift』です。
”地平線の先に辿り着いても 新しい地平線が広がるだけ”
7年目を迎え、僕の中で、少し心境が変わって来たのかな?
だから歩くのをやめよう。ではなく、続きの歌詞にあるように、”まだ歩き続けたい”
背伸びして高い壁を乗り越えようとするのではなく、目の前の一つひとつを丁寧に、
一歩一歩確実に歩んでいきたい。そんな思いに。新年度の初日、記念すべき一番最初の番組に、旅する木を選んで頂き、
思いがけず初心を思い出し、スタッフが増え、ワクワクしながら、新生2013年度旅する木
のスタートを迎えられることに、感謝の気持ちと、お客様にも、ファミリー(スタッフ)にも
喜ばれる『旅する木』にしていこう!と思いました。エイプリルフール?
1週間くらい前、HBCの人からラジオ出演のお電話を頂き、
「缶コーヒー30個をプレゼントします。」
と言われた時、「え〜。ありがとうございま〜す。」
と言ったものの…。。実は僕、缶コーヒー、飲めません…。。
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