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目先の300万円なんて…
「もしもし、あの〜、テレビ出てた、車椅子を作っている須田さんですか?」
「はい!テレビ出てた、車椅子を作っている須田修司です!(笑)」
先月、HTBの『LOVE北海道』とNHKの『おはよう北海道』で旅する木を紹介して頂いたお陰で、今でも「テレビ、見ました。」と言って、お客様が工房に来てくれます。
特に今回、僕が12年前から仕事の合間を見つけては、試作を続けている『美しい木の車椅子』を中心に取り上げていただいたことが本当に嬉しくて。
そしてなんと、テレビをご覧になった2名の方から、車椅子の注文を頂きました。
お電話を頂いた奥様が「テレビを見て、本当に感動しました。こんな素敵な車椅子があったなんて。主人にプレゼントしたいと思います。須田さん、本当にありがとう。こんな素敵な車椅子を作ろうとしてくださって、本当にありがとう。」
こんな風に電話越しに聞かされた僕は、思わず感情がこみ上げてきて、泣いてしまいました。
だって、12年試作を続けてきて、悩みの連続で、何度も頓挫して、1年とか全然進まない時もあって、もう十分やったよな。なんて自分を納得させようとしたりして、それでも続けて、やっと満足いく完成度にまでになってきて、いよいよ販売を意識し始めたタイミングでテレビで取り上げてもらって、そうして初めての車椅子を購入したいというお客様からの電話、そしてこの嬉しい言葉なんです。
創業したばかりの頃、乳歯入れ一つ、12,ooo円の注文が入っただけで飛び跳ねるほどに嬉しかったんですよね。でも、それもだんだん慣れてきてしまうのもで、ついつい初心って忘れてしまうものですね。
たまに、これはいかん!っと思って、家具の注文を頂いた時に振り返るのですが、初めての乳歯入れの注文が入った時と同じ大きさで感じることはできないんですね。
だから、奥様から電話を頂いた時のこの気持ちは、一生忘れないようにしたい!っと思っています。
そう。12年の間に7台の車椅子の試作機を作りました。
実は今も試作機の設計を進めていて、その8台目の試作は折りたたみ式に挑戦しています。
木で、しかも折り畳みで、信じられないくらい美しい…なんて、難易度めちゃくちゃ高いんです。
行き詰まって頭を抱えて「あ〜、死ぬ〜。頭爆発する〜。」なんて言いながら、作業台に倒れ込むこともしばしば。
ここまで時間と労力をかけて、「無理だった」という結論に達することだってある。
過去の7台と8台目の設計している車椅子、あくまで試作機なので、1円も稼いでないんです。
かけた時間も費用に換算したとすると、軽く1,000万円は超えてる。
大きな会社なら、その程度の初期投資の開発費など、なんともないんでしょうけど、旅する木のような、個人工房では、あまりに大きな費用ですし、そもそも、将来回収できるかも解らないことに、こんなにものお金と時間と労力をかけること自体、どうかしちゃってるなあ。なんて自分でも不思議に思います。
一応、僕は経営者という立場なんですけど、経営らしいことはなにもしていない。営業もしたことなければ、数字を追いかけたこともないんです。そもそも経営が如何なるものか、全く解っていない。
このブログ、税理士の方も読んでいると思うので、この場を借りて謝ります(笑)。本当に申し訳ないのですが、定期的に持ってきてくれる試算表も、年末の決算票も、いまだ、見方すら解らない。
旅する木を立ち上げて17年になるのに…。
だから、こんな風に、自分の表現したいことに、こんなにもお金と時間と労力をかけられるのかも知れません。
僕は経営者ではなくて、表現者なんだな。と思うのです。
表現者としての線引きの感覚はあるんです。
良くも悪くも…。
ん〜、今、つい「良くも悪くも」という言葉を使ったということは、おこがましくも、良い表現者であり、良い経営者でもありたい。なんて思ってるんですかね。
僕の思う良い経営者とは、多くのお客様に喜んでもらって、喜んでお金を頂いて、僕も、スタッフにも多くの給料を払いたい。というもの。旅する木のスタッフには、少なくとも他の家具屋さんよりも、多くの給料を払いたい。
ただ、その前に優先すべきは、どうしても『表現者』の方なんですね。
先日、定山渓に新たに建設中のリゾートホテルの仕事で、そうですね〜、ざっと資料を見たところ、300〜400万円ほどの仕事の依頼が来たんです。旅する木としては大きな金額の仕事です。
僕が「やります。」といえば、その場で決まる依頼なんですけどね。
この手の仕事は、実際に最終的なデザインが決まって、Goが出てから、納期までの時間が短いんです。さらに建築は遅れることはあっても、早まることはない。なのにオープン日は決まっているので、そのしわ寄せは家具屋が被るんです。
札幌や、旭川の多くの家具屋さんが、何日も徹夜や、遅くまで残業をして間に合わせる。時には集荷のトラックを待たせながら、ギリギリの状態でバタバタと仕上げて、積み込む。なんて感じでやってるんですね。そしてこの仕事もすでにそのような状態になることが見えていたんです。
このようなホテルや店舗の仕事は、数年で改修工事が入るので、丁寧に心を込めて…というもの作りではないんです。とりあえず表面の見てくれを良くして、手を抜くところはとことん手を抜いて、とにかくスピード優先。数年保てばいい。という家具作り。
木工業界用語ではよく、『叩く』と表現します。
僕はこの『叩く』と表現されるもの作りは性に合わないんですね。
やっぱり丁寧に、気持ちを込めて、それを喜んでくれる人に家具を作りたい。期待するわけじゃないけど、旅する木が作るもので、その人の人生が幸せになる方向に1ミリでも動いてくれたら嬉しい。
旅する木を始めたばかりの頃、それこそ『叩く』家具作りを専門にやっている近くの家具屋さんの社長さん(Oさん)が、僕のことを可愛がってくれて、たまに遊びに来てはいろんな話をしました。
当時、すでに60を超えていたそのOさんが僕に言うのです。
「俺も最初は須田君のような無垢の材料で、丁寧なもの作りをしようと思って、この世界に入ったんだけどな〜。いつの間にか、金回りのいい店舗を叩く世界にどっぷりと浸かっちまった。」
そしていつも帰りがけに、決まり文句のように僕に言うのです。
「須田君、叩く仕事には手を出すなよ。手が荒れる。」
”手が荒れる”とは、仕事が雑になる。ということなんです。
そしていつも付け加えるのです。
「でも、どうしても仕事がなくて困ったら、いつでも言ってきな。仕事はいくらでもやる。」っと。
あれから17年。
結局仕事をもらうことはありませんでした。
すでに家具屋をたたんで(年齢的に)、楽しんで生活しているそのOさんは、年に何回か、工房に遊びに来ます。
Oさんの目が黒いうちは、”叩く”仕事をするわけにはいかないなぁ。なんて思うと、なんか
なに俺、Oさんに義理たてしてるんだ?
なんて笑えてきて、こっそり一人笑いしながら、ホテルの仕事を持ってきてくれた方に言うのです。
「すみません。やっぱりこれ、うちがやる仕事じゃないような気がするんですよね。ごめんなさい。」
目先の数百万円の仕事を平気で断っておいて、一円も稼がない試作を12年もやってる。
まあ、経営者としては、どうなのかな?なんて思いながら、帰って行くその人の後ろ姿を見ていると、ちょっと後悔のような気持ちも湧いてくる。
スタッフに懺悔の気持ちも込めて、
「こんな美味しい話が来たんだけどさ、断っちゃたよ。うちのやるべき仕事じゃないかな?って思って。」
すると、
「そうですか。まあ、いいんじゃないですか?旅する木でやるべき仕事が来ますよ。」
そんな会話をした直後に電話が鳴りました。
「もしもし、あの〜、テレビ出てた、車椅子を作っている須田さんですか?」
「はい!テレビ出てた、車椅子を作っている須田修司です!(笑)」