パチンッという音がある限り | 札幌のオーダー家具・オーダーキッチンなら家具工房【旅する木】

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パチンッという音がある限り

もの作りには二つの種類がある。
一つは、すでに正解が解っていて、その正解(完成形)に向かって、いかに速く、正確に作るというもの。
世の中のほとんどのもの作りがこれに相当する。

もう一つのもの作りは、まだ、誰も正解を知らないものを作り出す もの作り。『作る』より、『創る』の方が当てはまるかも。
宇宙開発かと、今で言えば、新型コロナのワクチン開発とかは、こちら側のもの作り。

そんなに大きなものではないけれど、僕が作ろうとしている『世界一美しい木の車椅子』も、このもの作りになると思う。
ここまで木で作られた車椅子は、まだ世の中にないので、木部はもちろん、金属部品一つ一つさえも、僕が図面を書いて、金物屋さんや、メーカーに作ってもらいます。
実は、今初めて数えたのですが(笑)、車椅子一台につき、74種類、139個の金属部品を設計しています。

今、ブレーキシステムを理想の完成形まで持っていきたいと思って、仕事の合間に設計、試作を繰り返しています。
正解は、僕の頭の中にある。
バネのトルクで、パチンッと自動で引っ張られるようにオンオフが切り替わるブレーキを木で作りたい。
今までのブレーキシステムは、木の擦れる時の摩擦を利用していたんですね。それも木ならではなので良いんだけど

ん〜、僕の中でしっくりきていない。
うまく言えないんだけど、言葉にするなら、美しくない。
ここでいう美しいというのは、見た目じゃなくて、感覚として。
意味もなく、オンオフを繰り返したくなるような、心地良さを追求したいんです。

見た目も美しい。乗り心地、座り心地も美しい。手触りも美しい。可動部の感覚も美しい。
そんな車椅子に乗って心がトキメイテ、もっと社会に出てみよう!諦めていたあれをやってみよう!なんて思えるものを作りたい。

設計図だけでも100個は書きました。
CAD
上で動きを確認して、修正して、いけそうだったら試作をして、うまくいかなくて、どこがダメだったか検証して、その対策したものの図面を描いてを繰り返す。

今自分がやっていることが正解かどうか判らないもの作りは、かなり辛抱がいる。
時間と労力とお金をかけて至った結果が、
なるほど、このやり方ではだめだなんだということが解った。
ということの方が圧倒的に多いのだから。
もしかして最後の結論が、
なるほど、木では無理なんだ。
なんてこともあり得るわけで。

これが、大企業や、大学の研究機関で、給料が保証されていて、予算の心配がない状態であったなら、僕はとても楽しみながら、ワクワクしながらできるのですが、残念ながら旅する木は、零細企業であり、自転車操業です(笑)。
明日の飯代を今日稼がなきゃいけない。
そんな状況の中でそれをするのは、心臓に悪いんです(笑)。

CADで描いた図面とにらめっこしながら、「あ〜、俺何やってんだろ?いっそのこと、もうや〜めた!十分やった。って言っちゃえば楽なのにな。」なんて思うこともあるんです。

とっとと諦めて、冒頭の、正解が解っているもの作りを徹底的に追求し、営業に力を入れ、工場をできるだけ自動機械化し、より速く、より正確に、より沢山家具を作る!という方向に舵を切った方が売り上げが向上、安定し、安心を得られるのだろうな。なんて思うけど、でも

安心と幸せは違うんですね。
一見似てるんだけど。

人生の折り返しを迎えた中年男性が、退職し、昔捨てた夢に挑んだり、子育てを終えた主婦が、離婚を選ぶ理由は、そんなところにあるような気がする。

なんだかんだ言いながら、仕事の合間や、仕事を後回しにしながらも、9年もこんなことをしている僕は、結局こういうもの作りが好きなんだろうな。って思う。
0から1を産み出すことが好きなんですね。123にしていくことよりも。

自宅のトイレのドアが渋くなってもう何年も経つ。
ドライバー一つで蝶番を調整すれば直るし、そんなことは朝飯前なんだけど、なんか、気が乗らない。というか、頭の中に残らない。
トイレに入る度に直さなきゃ。って思うんだけど、水を流した瞬間に「直さなきゃ」も一緒に流れていってしまう。

そのくせ、車椅子の設計をする前段階の、ユーザーさんの体格、症状に合わせた座と背の関係を知るための、いろんなところが可動する椅子を作ることに、いとまを惜しまない。一円も稼いでないのに、何日もかけて。
自分でも気がつかないうちに、鼻歌なんかを歌っている。

こんな感じでやってきて
とうとう完成したんです!!!
僕の理想のブレーキシステム!!!
試作なので、安い木で、仕上げもしてないのですが、パチンッという音と共に吸い込まれるようにブレーキのオンオフが切り替わる。

加工が終わって、木部に特注で作ってもらった金物を一つ一つ埋め込んでいって、見えない箇所に見えないように、バネをセットして、形としては完成し、ドキドキしながら、ハンドルに力を入れる。
バネのトルクを超える力が入った瞬間、パチンッという音と共に、ブレーキオフに吸い込まれる。
ずっと僕の頭の中に響いていた音と感触が、目の前のそれとピタッと一致した瞬間、「来た〜!!!」と叫んでしまいました。

そう言えば木の車椅子の試作は、こんな一つ一つを地道に繰り返してきたんですよね。そしてブレーキシステムがずっと僕の心に、細く柔らかい骨が刺さったような、イズい(北海道弁:居心地が悪い)状態で刺さり続けていたんです。
まあ、取らなくても問題はないんだけど、なんかイズい。
そんな骨が、パチンッという音と共に弾け飛んだ気がしました。

これから7号機の製作に入ります!
きっといろんな問題にぶち当たり、悩むと思います。
いつの日か、この車椅子の生産が軌道に乗って、正解を知っているもの作りになったなら
また僕は、新しい何かを見つけて悶々とした日々を過ごすんだろう。

だって、このパチンッという音がいつまでも僕の心の中に響いているのだから。