『家具工房旅する木』は豊かな「暮らし」、「心」、「時間」をご提案、ご提供します。


つむじ風通信

実は、学生の頃シナリオライターになりたくて、新聞社のコンペに出展していました。
箸にも棒にも引っかかりませんでしたが‥
文章を書くのは好きなので、妻のそよかぜ通信とともに、日常でのちょっとした出来事を
載せていこうと思います。なんちゃってシナリオライターにお付き合い下さい。


2018年
7/26 ”風は見えないけれど”
7/17 ”言葉を話すゴリラ”
7/4 ”ワールドカップから見えてきたことは?”
6/25 ”海を渡ったクマ”
6/14 ”工房異臭騒ぎ?”
6/4 ”夢の叶え方の枠を越えて”
5/25 ”悪質タックルから思うこと”
5/22 ”あなたの年収は何番目?”
5/9 ”マヤバースデー♪”
4/27 ”たまには世界情勢も”
4/20 ”須田先生と呼ばれて”
4/16 ”葦船”
4/13 ”熱いおじさん”
4/12 ”マヤの叡智”
4/10 ”公演終わりました〜♪” 
3/14 ”劇団の新作公演”
2/27 ”からくり人生”
2/23 ”人間、『気付き』が大事!”
1/19 ”チェンジ!今年の抱負”

2017年
12/27 ”世界は素晴らしい”
11/30 ”我が家の犬たちは可愛い”
11/9 ”『丘の上の桜の木に』大成功!”
10/23 ”僕らがたどり着く先の世界”
10/12 ”今年も演劇の公演をします!”
9/23 ”『木の車椅子 試作協力者募集』のお礼”
9/15 ”めんどくさい男”
7/31 ”木の車椅子5号機完成♪”
7/22 ”原点を思い出す出会い”
7/10 ”青虫との戦いで思うこと”
6/10 ”父親の夢?”
5/29 ”残すべき?金次郎”
5/20 ”畑の季節だね〜”
5/3 ”旅木祭り大盛況〜”
4/20 ”犬のしっぽが欲しい〜!”
3/30 ”奇跡真っ最中!”
3/15 ”ノンノ、命をかけたメッセージ”
3/6 ”アイドルに疎い僕ですが…”
2/23 ”才能と運命と…”
2/9 ”夢の叶え方”
2/2 ”100億円の価値って?”
1/28 ”心の旅”
1/24 ”走ったど〜”
1/21 ”始まりました舞台『走る』”

2016年

12/20 ”形 に 祈り を込めて”
11/4 ”ツルツルなんだけど…”
10/10 ”心のままにすすめ”
9/30 ”人生はからくりに満ちている”
9/26 ”僕が作りたい家具”
7/12 ”旅木コミュニティー”
3/24 ”丘の上の桜の木に”

2/15 ”僕を使って下さいませ〜♪”
1/19 ”旅する木が目指すもの”

2015年

12/31 ”2015年、感謝を込めて”
12/19 ”ドラマでしょ!”
11/13 ”昭和へっぽこフレーズ”
10/26 ”♪♪スタッフ 募集 ♪♪”
10/5 ”重い 思い”
9/17 ”10年の感謝を込めて”
9/9 ”気持ちを伝えるって?”
8/21 ”家具工房 でこぼこの木 ” 開業〜♪
7/28 ”それ、すごいサプリ!”
7/4 ”京都、心の旅”
6/20 ”心に届いた手紙”
6/2 ”丘の上の桜の木に…”
5/28 ”宝石のような時間”
5/15 ”風に立つライオン”
4/24 ”あの頃の僕”
4/13 ”光と影”
3/26 ”あったかいんだからぁ”
3/12 ”いつかそんな日が来るように”
3/5 ”古代の叡智”
2/20 ”ノートラック最高!”
2/7 ”月光”
1/27 ”全部読んじゃって!”
1/12 ”覚悟を決める”

2014年

12/31 ”粉雪の舞う夜に”
12/11 ”ふるい”
11/27 ”豪華プレゼントありますよ!”
11/14 ”死に場所”
10/28 ”旅する木に泊まろう!”
10/16 ”面相な幸せな時間”
10/8 ”わ、若い!!”
10/1 ”僕の道具箱”
9/20 ”アラスカ、心の旅”
8/22 ”悠久の時間を感じたい。”
8/6 ”あなたの特徴、ズバリ!!”
7/18 ”小さな家族の、大きな夢”
6/27 ”家具職人は粘り強いのだ!”
6/15 ”椅子が完成するまでに…”

6/4 ”スケッチブックから抜け出して”
5/26 ”アルバイトで貯めたお金”
5/12 ”17年前の指針”
4/29 ”新人の紹介”
4/18 ”女には適わない…”
4/8 ”もの申〜す!”
3/27 夢の船よすすめ”
3/8 ”ハードル高いかな?”
2/25 ”それぞれの物語り”
2/11 ”幸せの見つけ方”
1/28 ”結婚、はやまった?”
1/16 ”もれなく幸福がついてくる”
1/3 ”旅する木から’2014 再出発”

2013年

12/30 ”2013年、ありがとう”
12/19 ”奇跡の目撃者になれる!”
12/8 ”最後の締めは、旅する木”
11/30 ”今日は何の日?”
11/26 ”祭りの後”
11/17 ”プライスレス な家作り”
10/30 ”懐かしいあの場所”
10/19 ”褒めて伸ばす?”
10/4 ”その目に写るものとは?”
9/23 ”やっと楽しくなってきた!”
9/9 ”たびくら”
9/1 ”良い職人は良い音を出す”
8/17 ”種を蒔こう”
8/11 ”可愛い取材”
7/31 ”プロフェッショナル”
7/18 ”僕の栄養ドリンク”
7/3 ”全ての道は…”
6/25 ”旅する木の家作り”
6/19 ”父親に捧ぐ”
6/9 ”ボキャブラ?”
5/31 ”愛は国境を越える”
5/18 ”切腹を命じる”
5/9 ”思いを受け継いで”
4/29 ”なんて年だ!”
4/19 ”ライスカレー”
4/9 ”共に…”
4/3 ”まだ歩き続けたい”
3/25 ”もしあの時…”
3/18 ”せんせい、オシッコ”
3/15 ”ところで話しは変わりますが…
3/13 ”サバンナにおかえり?”
3/6 ”初春の嵐”
2/24 ”託されたメッセージ”
2/13 ”これが中学生!”
2/8 ”やっちまったなぁ”
1/30 ”亭主元気で留守がいい”
1/17 ”馴れ初め?”
1/12 ”あなたの町を僕の古郷に!”
1/2 ”2013年の挨拶”

2012年

12/31 ”家具職人の定め”
12/21 ”太陽からのメッセージ”
12/9 ”社員募集”
12/4 ”年末ジャンボ、買おうかな?”
11/23 ”酒とタバコと男と女”
11/14 ”「ヨ!」”
11/10 ”果たせなかった夢”
11/5 ”古きよき戦友”
10/26 ”絶対死守の2点”
10/21 ”プロポーズ大作戦”
10/12 ”秋は夕暮れ”
10/9 ”引退後の妄想”
9/30 ”5次元の謎が解けた!”
9/23 ”自分の良いところは何?”
9/13 ”丸裸”
9/8 ”思い出の詰まった場所”
8/31 ”幸せな風景”
8/20 ”大脱走”
8/8 ”血は争えない”
7/30 ”家具作りへの近道”
7/20 ”背負ってます!”
7/11 ”走る覚悟”
7/2 ”恋敵”
6/24 ”生きた証”
6/18 ”イベント盛りだくさん”
6/9 ”この電車に揺られていたい”
6/1 ”成長を刻んで”
5/25 ”15年かかりました!”
5/21 ”誰もが通る道”
5/13 ”若いっていいね〜”
5/8 ”桜が咲いています。どうぞ”
4/28 一夫多妻制賛成派?
4/21 おしゃれになるなら
4/13 ”箸か棒にひっかかれ!”
4/8 ”紙一重の選択”
4/3 ”お金の話し”
3/29 ”まるで◯◯◯”
3/22 ”同級生の椅子”
3/15 ”不思議な世界への入口”
3/5 ”流行ってるもの”
2/29 ”考古学はロマン?”
2/24 ”この家具、欲しい〜!”
2/18 ”デザインについて語ったら大変なことになった Part 2”
2/14 ”旅する木でお餅つき”
2/10 ”春になったら…”
2/2 ”そっち?”
1/26 ”天国と地獄”
1/21 ”今年のテーマ”
1/14 ”三鷹の森美術館”
1/6 ”故郷に思ふ”

2011年

12/31 ”絆”
12/26 ”今年もサンタがやってきた”
12/19 ”今日が人生最後の日だとしたら”
12/13 ”ちっぽけですね〜”
12/6 ”豊かな社会の一端を担いたい”
11/30 ”あるがままの自分”
11/21 ”ようこそ、厳しくも楽しい世界へ”
11/16 ”もれなくプレゼント!”
11/11 ”自分に決めたこと”

11/2 ”ライバルが遠い存在に”
10/28 ”H と Y の木”
10/22 ”今朝、夢見たんだ”
10/14 ”理想と現実”
10/11 ”一瞬で立場逆転!”
10/7 ”いよいよ『旅するギャベ展』”
9/22 ”話しを戻して…”
9/14 ”機械の話しのつもりが…”
9/6 ”実は僕、3回目の結婚なんです”
8/28 ”大事なのは、手放し方”
8/22 ”右回り?左回り?”
8/9 良い職人は、良い音を出す
8/3 ”おしべとめしべ”
7/26 ”それぞれのスケール感”
7/20 ”亜麻の季節”
7/14 ”空間を決めるもの、それは家具!”
7/5 ”僕が女性に求めるもの?”
6/27 ”降りてゆく生き方”
6/16 浅はかですね〜
6/10 ”あの丘の向こうまで…”
6/4 ”心を整える”
5/23 ”悲しいほど綺麗な月だった”
5/17 ”気持ちいい〜”
5/10 ”デザインについて語ったら大変なことになった!”
5/3 ”森に帰ろう
4/20 ”春、新しい門出”
4/8 ”ハードルあげちゃった!”
3/31 ”新しい仲間たち”
3/26 ”心と体と木と暮らし”
3/19 ”卒業、おめでとう”
3/13 ”今出来る事は何だろう?”
3/9 ”笑顔の輪”
3/2 ”ポニョ、『旅する木』、だ〜い好き!”

2/25 ”そよつむトレー”
2/25 ”ここから始まったんだな〜”
2/22 ”走りながら考える”
2/17 ”TABISURUKI”
2/14 ”思い出の味〜亀田製菓”
2/9 ”幸せ=責任”
2/5 ”復活!”
1/22 ”小人?”
1/16 ”ホント、どうなっちゃってんの!”
1/12 ”もの作りって責任重大!”
1/9 ”トイレの神様”
1/5 ”『心』が変われば…”
1/1 ”元旦の朝の悟り…?”

2010年

12/30 ”豊かさと幸せをありがとう!”
12/26 ”サンタさんの贈り物”
12/19 ”幸せって?”
12/8 ”僕の日常”
12/2 ”東京紀行”
11/24 ”結果発表”
11/19 ”「僕は運が良いです!」を待ってます”
11/14 ”ラジオは手が止まる”
11/3 ”目に見えない深さ”
10/30 ”悪循環 or 好循環 ?”
10/27 ”お久しぶりで〜す”
10/10 ”贅沢な時間”
9/26 ”助っ人に感謝”
9/20 ”あなたに会えてよかった”
9/10 ”自分が変わってゆくことだって”
9/7 ”初心、忘るべからず”
9/1 ”自分探し?”
8/25 ”ご冥福をお祈り致します”
8/21 ”パワースポット?”
8/15 ”あの山の向こうの景色”
8/8 ”「結果」or「過程」?”
7/31 立場逆転?

7/22 世に生を得るは事を成すにあり
7/1 Bon vivant!(人生を楽しもう!)
6/21 昔と今といつか
6/4 感動を創るもの
5/27 タイミングの不思議
5/19  人生=出会い
5/15  受け継がれる道しるべ
5/2 ぎこちないウェイター
4/28 いよいよcafeオープン
4/23 新しい命を再び
4/14 悩むねぇ〜
3/30 粗大ゴミランキング
3/10 いのちの食べ方
2/28 あなたのシンボルツリーは?
2/23 冬の楽しい一日
2/9 さすが我が息子!
2/5 家具職人という仕事
1/19 憧れちゃう
1/5 こんな風に生きたい
1/4 明けましておめでとうございます

2009年

12/29 感謝をこめて
12/20 話しを聞かない男…
12/16 幕末の志士
12/11 ノンノの散歩
11/30 第2回クラシックコンサートを終えて
11/16 国道40号は時空を超えて
10/20  最高の椅子を求めて
10/12 木と語り、会話する
10/7 一点の光になりたい
9/23 寒がり屋の家具
9/9 穫りたて、もぎたてホヤホヤ
8/29 Life is …
8/17 帰りの車にのっていたものは?
8/11 ホロ苦い夏の思い出
7/28 天才は一日にしてならず
7/22 にこにこ ぎゅっ
7/7 亜麻祭り、そして木好きな取材
6/29 旅する木で、”木と音楽を感じよう!”を終えて
6/21 旅する木で、木と音楽を感じよう!
6/15 どっちがメイン?
6/5 農業にはまってます
6/3 木と音楽を感じよう
5/26 木工教室の様子
5/24 ここは天国?
5/14 新しい家族が増えました♪
5/5 仲間はやっぱり良いもんだ
4/27 ハルニレの最後の叫び
4/19 春の風景
4/12 久々の木工教室
3/23 ね、眠い〜
3/17 工房訪問者
3/11 旅する木合宿中
2/24 可愛い雪像たち
2/10 小さくて、大きな幸せ
2/3 座り心地よくてつい…
1/25 僕のオンとオフ
1/18 大画面、高画質に『旅する木』
1/13 思い出の戦士達
1/5 新年のご挨拶

2008年

12/28  いよいよ全国デビュー?
12/20  日本人に生まれて良かったなぁ
12/14 それが『粋(いき)』ってもんさ!
12/4  誕生日は手作り手巻き

11/28 思い(重い)カンナ
11/20 未来に残したいプロジェクト
11/16 農家ってすごい!
11/8 今日も一日ありがとうございました
10/28 執念で電話番号Get!!
10/24 northern style 『スロウ』発売
10/16 工房移転近し
10/9  長岡式酵素玄米、がんばるぞ〜!
9/28  木工教室〜まるスツール
9/21 日高晤郎ショー
9/18 ホロトロピック・イン・サッポロ
9/13 歩の無い将棋は負け将棋
9/11 あのラジオ番組に出ま〜す!
9/5  『スロウ』な取材
8/18  僕の原点
7/31  Welcome Bob!
7/20  十人十スプーン
7/15  どんなメッセージ?
7/10  親の心、子知らず
7/2   祭りの後
6/26  個展真っ最中!
6/23  いよいよ個展です
6/18  NHKに出ま〜す
6/15  またまた写真撮影
5/28  またまたラジオ、生放送
5/23  海を越えて
5/14  地球46億年のカレンダー
4/29  旅する木の心
4/7  ちびっこ助っ人
4/1  まさに『旅する木』
3/12  木育全国ミーティングin北海道
3/6   木育のイベント
2/27  燃えるような情熱の赤
2/11  長い旅の途上
2/3  本物をつくろう
1/29  ラジオで生放送
1/14  地球温暖化の目撃者
1/7   新年のごあいさつ


2007年

12/28  感謝を込めて
12/24  遅れてくるサンタさん
12/16  人生のパッチワーク
12/5   思い出の『父の味』
11/12  北海道の木工作家による木の椅子展
10/30  夢の飛行船
10/20  生活まで変えちゃう家具
10/9   顔負けの箸箱
10/1  月って以外と近い?
9/23  久しぶりの旭川
9/18  家具っておいしい〜
8/25  おもいでの栗
8/16 星降る夜
8/11  ふたつの生き方
7/24  思い出のウエス
7/12  地層ならぬ木層?
7/5   手が熱い家具?
6/20  縁って面白い!
6/13  我が家の噴水王子
6/8   木の香りは空想の世界への入り口
5/28  愛”あふれるひつじ
5/17  小鳥の巣”って思ってる人〜?
5/11  キャッチ・ザ・ドリーム
5/6  約束の額
4/19  木工教室 in まるやまいちば 決定!
4/14  『現代日本の家具』〜僕なんかいいの?
4/3  絶滅動物を残したい  
3/26  嬉しい出会い 
3/13  豊かな心を育む「木育」
2/26  マンツーマン
2/22  木は生きている
2/12  「手作り・手編み・手紙」〜〜手○っていいね
1/30  「バッカじゃないの?」と言われても…
1/22  予定変更
1/13  木工教室が北海道新聞の記事に
1/8   成長すると、小さくなるものな〜んだ?
1/4   星野道夫展〜「星のような物語」

2006年

12/31  一年の感謝を込めて
12/28  素晴らしきビニールハウス
12/11  そよかぜ通信12/5*燻されて〜*の補足

10/13 ”サード来い!”

この前の週末、久しぶりに息子の野球の試合の応援に行きました。
春からずっと、この前のアルテピアッツァでの劇団の公演に向けて、毎週末
稽古を重ねて来て、僕は脚本を書き、演出を担当したので、劇団の稽古に
参加していて、息子の6年生最後のシーズンなのに、ほとんど応援に行けずにいました。

春先、監督に「監督史上最弱チーム」と言われ、一勝もできずにシーズンを
終わるんじゃないかと僕も心配していたのですが、いつの間にか、メキメキと
力をつけて、ポツポツと勝ったという話しを聞くようになり、
なんと先週は地区の大会で決勝戦まで駒を進めたのです。

試合は見に行けないどけ、家ではスポンジボールで室内練習に付き合い、
試合形式で息子と対戦し、少しは上手くなったなぁ。と実感しつつ、
負けてあげて、おだてて、気持ちよく試合に臨めるようにすればよいものの、
勝負となると負けたくない!まだまだ負けるものか!という気持ちが沸いて来て、
本気モードで勝とうとし、真剣に「今のはストライク!絶対に入ってる!はい、三振〜。」
なんてやってしまい、息子に「大人げない」と言われています。

試合を見ていると、なるほど、なるほど。
試合に勝つようになったのは、ピッチャーとキャッチャーが
ずば抜けて上手いんですね。
その他の選手は…。。
まあ、まあ、そこそこ、ほどほど。っという感じで。
うちの息子も、完全にそっちの部類。

特に決勝戦なんて初めての経験なので、みんな緊張しているのがわかる。
息子のところに打球が飛ぶと、ドキドキしますね。
接戦のチャンスでバッターボックスに息子が立つ時は、祈るような気持ち。
「あ〜、昨日、スポンジボールでの練習の時、気持ちよく打たせて勝たせていれば
よかった〜。」
なんてちょっと後悔しながら応援していました。

結局、前半はいい勝負だったのですが、後半になるにつれて実力差がでて、
大差で負けてしまいました。

息子はマヤ歴でいうと、”黒キン”と言われる番号で、良くも悪くも影響力が大きい
キンナンバーなんですね。
試合を見にくるといつも思うのですが、印象に残る場面にいるのです。
例えば、フォアボール、エラー、デッドボールで満塁になって、次の打球が
サードを守る息子のところに飛んで、エラーして2失点。とか。
ピッチャーにも他のエラーした選手にも責任があるのに、息子のエラーで負けた。
試合の流れが変わった。という印象になってしまう。というような。

この決勝戦も、”あの時息子が…”という場面が何度かあり、その大事な場面で
結果が出せないだけじゃなく、プラスαの(悪)印象的なプレーをしてしまうのですね。

まあ、そういう宿命の元に生まれたんだから、仕方ない。と思いながら、
いつか、野球でなくても、息子がやりたいことの中で、成功体験を重ねていって、
”ここ”って場面で力を発揮してくれたらな。と思います。

息子は2ヶ月早く、未熟児で産まれ、保育器の中で育ち、小学低学年までは今ひとつ
覇気もなく、のんびーりした子で、動物に例えるなら、カピバラみたいで、
今でも2学年くらい小さな体で、どう見ても6年生には見えないけれど、
それでもエラーしても次のバッターに、「サード来い!」と叫んでいる姿をみると、
それだけで十分だよな。
なんて、チームの他の選手や親には申し訳ないけど、思ってしまいます。

ついつい親は、自分のことを棚に上げて、子供に必要以上の期待や、親の世間体
でのメンツなんかを押し付けてしまうものだけれど、誰もが子供が産まれてくる時は、
「元気で産まれて来てくれればそれでいい。」って願ったと思うんです。

あの小さな赤ん坊が、元気に野球をやってる。
監督に全然聞こえない!と言われるけど、僕には、本当は思ってないかも知れない
「サード来い!」という息子の言葉が聞こえている。



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10/1 ”人間だけじゃないのかも”


秋の夕焼けを背に、二ノ宮金次郎は何を思う?


田舎のとんぼは警戒心がない。


春と秋はムクドリがいっぱいやってきます。


北海道の秋の空は澄んでいて、遠い。
北国の秋はちょっとだけ、人の心に淋しさも運んでくる。
でも、このちょっともの哀し気な秋が、僕は好きです。
ちょっとだけ、心に重さを感じるようなこの感じは、
思いを馳せるのに、ちょうどいい。

なんて、どこのプレイボーイだい(笑)!!!
今どきこんなくさいセリフじゃあ、誰も振り向きゃしないわ!

秋の夕焼けは、中年男を詩人にしますね(笑)。

随分肌寒くなった朝のノンノ(北海道犬)とまる(黒柴)の散歩は
自転車に乗って。
稲刈り間近の垂れ下がった稲穂の上を、たくさんのとんぼが飛んでいる。
朝日に照らされて、稲穂は黄金色に、とんぼの羽もキラキラと光ってる。
金色の野で遊んでいる天使みたい。

途中、自転車を止めて休憩していると
そんな天使が僕の腕とか胸に止まってくれる。
田舎のとんぼはのんびりしてるので、そのままほっとくと、いつまでも
止まってる。
なんか金ピカのバッジみたいで嬉しい。

ノンノはもうおばあちゃんなので、とんぼに興味なさそうなんだけど、
まるは遊び盛りの少年なので、僕に止まったとんぼをやっつけようと、
僕に飛びかかってくる。
寸でのところで交わしたとんぼが、まるの尻尾に止まるもんだから、
思わず吹き出してしまう。


この時期、田舎道の電線にはムクドリが何十羽と止まってる。
僕と犬たちがその電線の下を通り過ぎる直前に、彼らは一斉に飛び立って
もう一本先の電柱と電柱の間の電線に移動する。
そしてまたその下を通ろうとする直前に飛び立って、次の電柱の向こうに。
農道の一本道には何十本も電柱があって、僕らのスピードに合わせて、
彼らも電柱一本ずつの移動を繰り返す。
最後、T字の交差点で、僕らは右折する。
さて、彼らはどうするんだろう。
僕らが最後の電柱を通過する直前、彼らは右の電線にむかって飛んだ。


たまに鳶が電柱の頭のてっぺんに止まってる。
僕は猛禽類が好き。
なんかカッコいい。
飛び方も優雅で、気高さと気品を感じるから。
頭上からずっと僕らを見ている。
僕もずっと鳶を見ている。
目が合ってる。
なんかピーンと張りつめた緊張感。
「鳶、何もしないからそのまま止まってて。」ってお願いするのに
いつも近づく前に空高く飛んでってしまう。
でも、今日は僕らがその電柱の下を通過するまで、鳶は飛び立たなかった。
ずっと目が合ったまま、僕とノンノは鳶のすぐ下を通過した。


人恋しくなる秋、それは人間だけじゃないのかも。

日ごとに増す肌寒さは、心に温もりを感じたいと願う気持ちを加速させる。

それは人間だけじゃないのかも。


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9/27 ”アルテピアッツァ公演終了”


旅木演劇工房、アルテピアッツァ公演が終わりました。

2日目は美唄駅に来るはずのJRが電線火災で止まってしまったハプニングがありながらも、
2日間で160名の方が観に来て下さり、多くの方が涙を流してくれていました。

たくさんの方から感想も頂きました。
少し紹介したいと思います。

・この演劇、俺の涙腺崩壊しまくった!次も絶対見に来てやる!

・すごく感動しました。明日からの人生変わりそうです。ありがとうございました。

・心からの思いが、役者からということでなく、人間が人間に語りかけてくる。
 そんな時間でした。炭鉱で栄えた時代の記憶が、ここに奇跡のように蘇りました。
 この風景、みなさんが見てるもの、私たち観覧者が見てるもの。それが一つになっていたと
 思います。

・人の強さと弱さの両面を表現した内容で、誰もが持っている部分が”良”でもあり、”不良”
 でもある形で、誰が観ても感動する素敵な演劇でした。

・とても感動しました。遠くで暮らす親にも、久しぶりに会ってみたくなりました。

・いろんな視点から自分を見てみることが大事だと感じました。

本当にありがとうございます。

アルテピアッツァという場所は世界的彫刻家、安田侃氏の彫刻美術館で、
とても素晴らしい空間なのです。
ここでは今まで、世界的なオペラ歌手とか、有名なアーティストが公演をしており、
それだけでもハードルが高いのですが、それに加え、演劇をする設備、環境が整ってないので、
もちろん、アルテピアッツァでの演劇公演は前例がなく、演出で上手く流れを作らねばならず、
僕らにとっては、身の丈を越えた、とてもハードルの高い挑戦でした。

このアルテピアッツァという場所はまさに炭鉱の町として栄えた場所で、炭鉱が盛んだった
50年前は3万人が住んでいたこの地区に、今では20人しかいないんだそうです。

この『窓の向こう、桜色』の話しは、寂れていく炭鉱の町がいやで東京に出て、人一倍努力し、
成功した男がその後、人生につまずき、家族も会社も失い、失望感の中、故郷の桜と
語り合う中で、生きる希望の芽を見つけていくお話です。

なので、この演劇を、是非この炭鉱の町でやりたかったんですよね。
そしてこのアルテピアッツァという空間で。

劇団員に相談したところ、やれるんだったらやりたい!ということで、
アルテピアッツァにお願いしに行って許可を得た時には、嬉しさのあまり
飛び跳ねたのですが、それと同時に、相当なレベルの高い舞台にしなければ、
観るに耐えないものになってしまうと感じました。

そこで、劇団員に覚悟を問いました。
最初、アルテピアッツァで公演できることに喜んでいた劇団員ですが、
本当の覚悟を決められるか問い正したところ、半分以上の劇団員がその覚悟を持てず、
辞めていきました。
公演まであと3ヶ月というのに、人集めから始めるという、信じられないような展開に
なってしまったのです。

ところが、”捨てる神あれば、拾う神あり”で、その後団長のそより(娘)が必死でいろんな人に
声をかけると、こんな無謀な挑戦を楽しむような実力を持った若者、または、
ことの大きさを解っていない若者が入って来てくれて、彼らが毎週末の6時間稽古や、
2泊3日の合宿での猛稽古に食らいついて来て、帳尻を合わせたかのような気持ちの
盛り上がりで本番を迎え、溢れに溢れた彼らの思いが、観に来てくれたお客さんの
心を打つ公演になりました。

公演を終えて、後片付けが終わった時は、もう10時を回っていました。
次の日、学校の人、仕事の人は、早めに帰って行くのですが、みんな、この仲間との
別れが惜しくて、気持ちだけ残してアルテピアッツァを去って行きました。

最後、僕の車への積み込みが終わり、残ったメンバーとアルテピアッツァに一礼し、
いよいよこれでみんなお別れの時、主役をやった男子が、僕の胸で泣き崩れた時には、
僕も思わず涙がでて、抱きしめました。

彼が演じた幸之助という男は、厳しい世界を勝ち抜くため、自分にも、家族にも、
会社にも厳しさを求め、それについていけない人たちの生き方を認めないところがある役で、
やがて周りの人が幸之助から離れて行くのです。
この役を下手な役者が演じると、幸之助の生き方は良くない。という簡単で表面的な
ことで終わってしまい、この物語りが浅〜い話しになってしまうのです。
しかし、彼が演じた幸之助は、本当は強かっている幸之助の中の弱さをきちんと表現していて、
観る人に、幸之助の苦悩が伝わり、そこに共感する人が生まれ、物語りに引きずり込まれ、
演者と観覧者が一体になることを教えてくれました。

アルテピアッツァという会場の持つ力も後押ししてくれて、僕たちの実力を越えるエネルギーが
伝わったんだと思います。

そして、かつて3万人が住んでいた頃の記憶がここには残っていて、その記憶が僕たちを
ここに導いてくれたんだと思います。

旅木劇団は次11月24日,25日に札幌で初作の『丘の上の桜の木に』の公演をもって、
一旦
活動を休止する予定です。

3年間、わけもわからず、ただただ、溢れる思いを伝えたい!というだけでやって来た
父と娘に、のべ50名を越す若者が着いて来てくれて、多くの物語りを届けてくれました。
そして、そのすべての公演に、僕の大学時代、最初に友達になった小林雅樹と、家具に道に
入ったときに最初に友達になった北島信吉が付き合ってくれました。
本当に”ありがとう”と伝えたい。

一つの目標を達成し、新しいステージに登ろうとするとき、団長の娘(そより)は、
役者としてもっといろんな経験を積んでおきたいということで、そう決めました。

旅木演劇工房、第一章、最後の公演、是非観に来て下さい。
この世界観は、他にはありません!(笑)

あ、上の3枚めの写真、桜が降っている幻想的なシーンの裏側。
思わず声が出てしまうような幻想的なシーンの裏では、出番ではない役者が一生懸命
うちわで桜の紙切れを散らしているんですね。
涙が流れるシーンの舞台の裏では、汗が流れています(笑)!

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9/19 ”パワハラが使えたなら…”

いよいよ今週末23(日),24日(月)に迫った旅木演劇工房、アルテピアッツァ公演、
『窓の向こう、桜色』

5月からずっと毎週末、稽古を積み重ねて来ました。そしてこの前の3連休は工房で
最後の追い込みの合宿。朝6時30分から夜は11時までの稽古、稽古に、
脚本を書いて、演出を担当している僕も付き合うわけで、心身ともに、ヘトヘトでした。
でも、役者のクオリティーが高く、とてもいい公演になりそうです。

当時高校1年だった娘の誕生日に、脚本を書いてプレゼントしたことがきっかけで、
娘が旅木演劇工房を立ち上げ、それに付き合うこと3年。
それからの週末はほとんど、若者たちと接しています。

役者たちは中学生から23、4歳までの若者たちなので、その勢いとか、元気パワーたるや、
すごいんですね。
すごんだけど、まだ未熟な彼らの勢いは、時に間違った方向に向かうことも。
そんな時も躊躇無く突き進んでしまう。

今、省庁や、スポーツ界ではパワハラが大きな問題になってますね。
僕は40代後半なので、パワハラ真っ盛りとでもいうのか、学校、少年野球、部活、会社
どの集団でも、今だったら問題だよな。というパワハラ(当時、そんな言葉はなかった)
の中で、それが当たり前の世界で育ったので、今騒がれている問題も、
まあ、勝つため、技術を向上させるための師弟関係、上下関係の中での多少のパワハラは
指導の範疇と見なされても仕方の無いことだという思いはあります。正直。

ただ、今はそういう時代ではなかったり、どういうわけか、うちの劇団員は学校、
組織から置いてけぼり(?)にされた人たちが多く、その分、心がとても繊細で、
傷つきやすい子たちもおり、(そのことは、演技をする上では長所だったりする)
彼らが僕の目から見て、間違った方向に行ったり、他の劇団員に迷惑をかけたりする行為を
した時の対処の仕方に、僕は神経をすり減らすこともあるんですね。。
だって若い女心からもっとも遠いところにいる、男+職人+おっさん ですから。

例えば、劇団員の女の子が、僕には解らない乙女心のなにかの理由で気持ちが乗らなくて、
そのシーンの稽古に参加せずに、スマホをいじってる時、僕の頭に先ず浮かぶ行為は、
「お前ふざけるな!何があったか知らねえが、他の人が頑張ってやってるのに、お前1人の
わがままでそのシーンの稽古が出来ないでいるんだぞ。いじけるのは稽古が終わって、
1人になった時にいくらでもいじけてろ!みんなといる時は、みんなの行動に合わせろ!」
と言って、首根っこ捕まえて、稽古させる。って感じですね〜。

この場面を動画に撮られて投稿されたら、間違いなくお昼の番組で坂上忍に怒られますね(笑)。

ああ、あくまで真っ先に頭に浮かぶ行為は?ですよ…。
実際には、

その気持ちをグググっと押さえて、みんながいない外に連れてって、
「どうした?何かあった?」
「言いたくありません。」
「まあ、言いたくないこともあるよね。言われてもオヤジの俺には解んないしね。」
「自分自身の問題なので。」
「あ、自分の問題って解ってるだけ偉いわ。大抵の人が問題は人のせいにするものだから。」
「…」
とんぼを捕まえて、
「ほら、とんぼ捕まえた。この辺のとんぼはのろまだから、簡単に捕まえられるんだよ。
アマガエルもいっぱいいるんだよ。カエル嫌い?意外と可愛いんだぜ。」

なんて会話を1時間くらいするんですね〜。
そのうち、こんなおっさんと話ししててもしょうがない。って思って稽古に戻るんですね。
慣れてないので、もう精神的にヘトヘトになるんです。
俺、なにやってんだろう…。。
なんて感じにね。
あ〜、パワハラが使えたら、なんて楽なんだろう!
って思うことも。

あらら、
本番を間近に控え、本来なら、
素晴らしい演劇ですよ。劇団員たちも、素晴らしい子たちばっかりで・・・
って良いイメージを伝えなきゃいけないところなのかも知れませんが、

僕はそれよりも、こんな人間臭い生身の人たちが、全然違う考えや意識を持った
若者たちが、ぶつかったりしながら、それでも一緒になにか成し遂げたい!
一つの最高の舞台をお客さんに届けたい!という気持ちで取り組んでいること。
そして、脚本をなぞるだけじゃなくて、その裏側の役者の人間の部分を感じながら
観てもらえたら、旅木劇団の演劇は、さらに観る人の心の深みというのか、
自分では触れない心の奥〜の部分を触られているような感覚になれるんじゃないかと思います。
僕の脚本は、それほど深く、役者たちのエネルギーはそれほど強いんです!(自画自賛?)

さらに今回、アルテピアッツァという美術館、本当に特別な場所での公演なので、
そのパワーが倍増されるんじゃないかと思います。

まだ残席がございます。
是非お時間を作って、観に来て下さい。
ご連絡をお待ちしております。

『最近、美しい涙で心を綺麗にしましたか?
ここにそんな家族の物語りがありました。』

詳細は こちら

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9/10 ”あなたは何を伝えたいのか?”


 ↑ 台風により工房の屋根が飛んでしまった


 ↑ 地震後の厚真町上空からの写真


 ↑ 北海道全域が停電になった夜の星空(ネットより)


 ↑ 昨日の工房から見えた夕焼け

”あなたは何を伝えたいのか?”

ほとんど眠れないような夜をなんとかやり過ごし、台風一過で穏やかな晴天の早朝、
ドキドキしながら工房に向かうと、目を疑うような光景が飛び込んできた。
工房の体育館の屋根が吹き飛んでめくり上がって、トタンや、下地の木が、辺りに
散乱していました。

そしてその日の夜、前夜の寝不足のため、熟睡していたにも関わらず、
ガタガタガタ…という建物の悲鳴で目覚め、とっさに横で寝ている息子を
おおい被さるように抱きしめて、じっと収まるのを待ちました。

連日、自然の猛威に襲われた北海道。
この災害で亡くなられた方には、ご冥福をお祈り致します。

やっと少し日常と、気持ちを取り戻し、工房の整理をしている日曜日の夕方、
工房の窓から燃えるような夕焼けが見えて、外に出て、写真を撮りました。
見とれてしまうような美しい夕焼け。

そういえば地震で北海道中が停電になった夜、SNSでは
「星が綺麗だ。」と、普通では決して見られない札幌での天の川の写真が
上がっていました。
台風が過ぎ去った後ですから。空気も綺麗で。

工房の屋根を吹き飛ばす台風による強風、爪で引っ掻いたような土砂崩れで
見渡す限りの山を切り刻み、ふもとで暮らす人々を家ごと呑み込んだ地震。
これらの自然の猛威に、僕ら人間はなす術もなく、恐れおののいている。

一方で、その夜の静けさ、満天の星々、空を架ける天の川、燃えるような夕焼けなど、
自然の神秘に、心を奪われ、思いに更けている。

自然よ、あなたは何を伝えたいのか?

地震も、台風も、天の川も、夕焼けも、なにか同じもののような気がしてくる。
僕らには何も出来ず、ただ敬い、そして平伏すしかない。
その出来事に、勝手に”幸”とか、”不幸”とかいう意味合いを付けているだけで。

北海道はまだまだ日常を取り戻すには時間がかかりそうだけど、あれからずっと
穏やかな抜けるような青空の日が続いている。

窓越しに気持ち良さそうに揺れている庭の木々を見ていると、
強風が吹いた台風も、自然が怒り狂ったわけではなく、北海道中を真っ暗にした
地震も、自然が牙を剥いたわけではなく、この穏やかな青空と何ら変わらない
自然のある一部分だったんじゃないかと思えてくる。

昔読んだ本の一節を思い出している。

”幸も不幸もない。ただそう思う心があるだけ”




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8/27 ”清原が背負ったもの”

夏の甲子園が終わりましたね。
100回の節目の大会だけあって、この夏は名勝負が多く、多くの感動をもらいました。

毎日の甲子園レジェンドたちの始球式は、よかったですね〜。
8/7のつむ通で、 ”神様の粋な計らい”と題して松井と石川星稜高校のことを書きましたが、
準決勝でもありましたね。
ピッチャー桑田に対して、バッタボックスに立っていたのが金足農業。
34年前の同じ日、同じ準決勝で、桑田、清原率いるPL学園は、金足農業が対戦しました。
その時、清原を敬遠して桑田勝負をした金足農業でしたが、なんと、エースの桑田に
ホームランを打たれて逆転負けをしたんですね。
同じ日、同じ準決勝の始球式でこの組み合わせが実現するなんて、相当な奇跡ですね。
あ〜、神様、随分楽しんでるな〜。なんてワクワクしました。

残念なのは、このレジェンド始球式に、清原の姿を見ることが出来なかったことですね。
覚せい剤で野球界から追放されてしまって、家族からも見捨てられ、
今は重度の鬱病なんだそうです。

先日、面白そうな本に出会い、思わず買って繰り返し3回ほど読みました。
『清原和博への告白〜甲子園13本塁打の真実』

甲子園13本塁打というのは、いまだ破られていない記録なんです。そしてこの本は、
清原に甲子園でホームランを打たれた投手の、打たれた時の記憶と彼らのその後の人生を
描いたもの。
清原に負けた投手たちの30年越しの告白は、そのまま清原へのエールになっているのです。

今回の甲子園でもそうですが、僕らは、誰が打った、打たれた、勝った、負けた…
彼らのほんの一瞬、人生の一コマしか知らない。
勝者の中で、プロ野球に行って、活躍した選手は、その後の人生を追うことが出来るけど、
当たり前だけど、敗者にもその後の人生があるわけで、この本は、清原という男に
負けた彼らのその後の人生において、30年たった今だから語れる、清原に打たれた
ホームランの持つ意味を告白したものです。

面白いと感じたのは、清原に打たれた敗者は、そのことを誇りに、新たな人生を歩んでいる。
それに対し、清原と対決するはずだった投手が、なんらかの事情でPLとの試合に投げられず
清原に打たれなかった者は、その後、清原の陰を追い求め、ずるずると野球から
離れられず、未練と後悔の海を彷徨っている。

人はどこかで”負け”を経験することで、大事にしていたものを捨て、新しい何かを
手に入れるのだろう。
それは清原自身にも言えること。
もしかしたら、清原はもっと早い段階で、”負け”を経験し、受け入れていたら、
今とは違っていたのかも知れない。

彼ら敗者の心の中の、清原に打たれたホームランの持つ意味の大きさは、そのまま清原が
ホームランを打つごとに背負ったものだったんだろう。
清原によって夢破れた者たちの夢、世間の評価と期待、それらを白球に乗せて放物線を
描き続け、最後、バットを置いた時、はたしてそれらに何の意味があったのだろう。
どこかで負けて、背負っていたたものを捨て、自分の喜びのための野球が出来ていたら。

たまたま昨日手に取った雑誌で、桑田も同じことを言っていて驚きました。
桑田の野球人生で、PL学園での一年生の夏の甲子園、あの時ほど楽しい野球は、結局
その後の野球人生で一度も経験できなかった。っと。

この夏、一寸の隙もない完璧な強さで勝った大坂桐蔭。
決勝戦を清原が観戦しに来たんだそう。
どんなことを思いながら、彼らの活躍する姿を見ていたんだろう。
いや、見ていたのは彼らではなく、昔の自分だったのかも知れない。
まだ”番長”とも、”だんじりファイター”とも呼ばれていない高校生の頃の清原は
今の清原に何を語ったのだろう。

もしかして、初めて”負け”を経験し、16歳から背負い続けたものを捨て、野球界に
戻って来た清原を、僕は見てみたい。





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8/18 ”富良野の丘にも”

北海道はお盆を過ぎると、いっきに秋の気配が色濃くなります。
富良野の丘には、つながりとんぼが飛んでいます。
つながりとんぼ。
二匹のトンボが仲良さそうに、くっついて飛んでいるやつ。
行きたい方向が違ったりしないのかな?

お盆直前に、義父が亡くなったと知らせを受け、富良野と当別を行ったり来たり
していました。
妻の実家は富良野で宿をやっているので。

義父は病気知らずで、当日の朝まで元気に日課のジョギングをしていたそうで、
突然の出来事に、誰もがただただ、驚いています。
僕の親と同い年、80手前なので、その年齢の方の話しを聞くと、
誰もが、義父の潔い逝き方に、「羨ましい。」と言っていました。
そういえば昔から潔い人でした。

お盆中の突然の出来事だったので、お通夜もお葬式も、家族のみで行う予定だったのですが、
孫たちが東京から駆けつけてくれて、家族と孫たちだけの、本当に温かく心のこもった
数日間に、悲しみよりも、感謝の気持ちに包まれました。

僕はこれまで、身近な人が亡くなった場面に居合わせたことがないので、ついドラマ的に
家族が泣き崩れたり、叫んでいる場面を想像するのですが、義母は、気丈という風に
気張っているわけではなく、悲しみの中にいつつも、丁寧に受け入れている風で、
「もう、これから誰が私の見るテレビのビデオ録ってくれるのよ。」と涙を浮かべながらも、
笑いながら言う言葉に、これが現実なんだな。としみじみと思いました。

火葬の前、義母の「今までありがとう。幸せだったよ。今度はもっと美人の奥さん選びなよ。」
という言葉に、人と愛情の大きさと深さを感じました。

人は誰もがたった一つの共通の願いを持っていると思います。
それは”幸せになりたい。”

ある人はその為にお金を求めるかもしれない。
地位や名誉かもしれない。
友達かもしれない。
褒められることかもしれない。
認められることかもしれない。

人それぞれ、いろいろあるんだろうけど、最後の時、長年連れ添ったパートナーに
「幸せだったよ。ありがとう。」
と言ってもらえる人生は、幸せだったんだろうな。

ずっと雨だった北海道も、お盆が終わって久しぶりに天気になりました。
僕は仕事があるので、当別に帰ってきました。
久しぶりに自転車に乗って、犬たちを散歩していると、
空は高く、風がちょっと冷たくなってきた、雨上がりの澄んだ空気の中、
つながりとんぼがいっぱい飛んでいます。

この空は、富良野にもつながっている。
これから収穫を迎えるパッチワークのような富良野の丘にも、つながりとんぼが
今日は気持ち良さそうに、飛んでいるんだろう。



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8/7 ”神様の粋な計らい”

”奇跡”
常識では起こりえない、不思議な現象、出来事。

”偶然”
なんの因果関係もなく、予期しないことが起こること。

辞書にはこんな風に書かれています。

僕はこんな風に思います。
”神様の粋な計らい”

空気は見えないけれど、風となって揺れる木々や、流れる雲で あるよって言ってる。
神様は姿を見せないけれど、僕らが”奇跡”とか、”偶然”って呼んでいる出来事で
いるよって言ってる。

夏の甲子園、始まりましたね。
開幕早々、僕は”神様の粋な計らい”に興奮気味にテレビにくぎつけになっていました。
そんな人も多かったんじゃないでしょうか?

開幕戦の始球式。
元ヤンキースの松井選手が始球式で投げましたね。
その松井選手の後ろを守っていたのが石川星稜高校の選手たち。
この風景に松井世代の僕は一人で興奮していました。

あ、意味が解らない方もいますよね。

松井選手は石川星稜高校の選手として、28年前に甲子園に出場し、
そしてメモリアルのこの夏、石川県の代表は石川星稜高校。
100回記念ということで、この夏の甲子園はいつもより多い56校が出場しています。
松井の開幕戦の始球式はとっくに決まっていました。
先日の主将による抽選会。どのチームが開幕戦のくじを引くか。
56校中、49番目に引いた石川星稜の主将が引いたのが、なんと開幕戦。
そして、試合1時間前に相手の藤蔭高校とジャンケンで先攻、後攻を決めます。

石川星稜の監督は主将に絶対ジャンケンで勝って、後攻を選べ!っと支持します。
なぜかというと松井選手が始球式で投げる時に、石川星稜の選手がキャッチャーで、
松井選手の後ろを守るのも石川星稜の選手がだからです。
そして見事ジャンケンで勝って、石川星稜は後攻を選び、始球式では、
松井選手の後ろには石川星稜の選手たちがいるという、松井世代の僕には泣けてくるような
シチュエーションが実現したのです。。

さらにこの始球式にはもう一つの偶然が。
石川星稜高校の相手の藤蔭高校は今回、28年振りの甲子園。
そして藤蔭高校の原監督は、28年前に甲子園に出場したその時の藤蔭高校のキャプテンで、
選手宣誓をしているのです。

”28年前”

先程も出てきましたよね。
そう。松井選手が石川星稜の一年生で、初めて甲子園に出場した夏。
ということは、28年前に松井選手と原監督は、対決こそしなかったけれど、
甲子園にともに立っていたわけです。
そして時は流れ、28年の歳月を経て、再び同じ甲子園の土を踏んだのです。

この奇跡、
特に誰かの人生を大きく左右するような奇跡ではないけれど、
だからこそ、別にこんな奇跡、起きなくてもよかったわけで、
じゃあなんでこんな奇跡のような巡り合わせが起きたのか?

僕は思うんです。
神様の粋な計らい というか、 いたずら というか、 遊び心 というか。
このプチ奇跡に何人くらいの人が気付くのかな?
「ちちんぷいぷいのぷい!」なんていって楽しんでるんじゃないかって。

もしかしたら、僕たちの周りには、こんな”神様の粋な計らい”な出来事が
いっぱい起こっているのかも知れない。
気が付かずに見逃していたり、当たり前だと思ったり、自分の実力だと勘違いしたり、
誰かのせいにしたり。

アインシュタインが言っています。

『人生にはふたつの生き方しかない。ひとつは、奇跡を何ひとつないとして生きる生き方。
ふたつめは、すべてが奇跡であるとして生きる生き方。』

起こる一つ一つの出来事を、奇跡(神様の粋な計らい)だと感謝して生きられたら、
人生はからくりに満ちた玉手箱のようなものなんだろうな。

第100回、夏の高校野球選手権大会。
この夏、ドラマが生まれるんだろう。

追伸

今までの甲子園の歴史の中で一番のドラマは?

僕はやっぱり、26年前の夏。
石川星稜 対 明徳義塾 
松井選手の5打席連続敬遠 
ですね。
テレビで見ていて、もう悔しいくらい頭に来たのを覚えています。
ところが…。。

すごかったのは、5打席連続敬遠ではなく、松井選手そのもの でした。
過去つむじ風通信に、そのことを書いたものがあるので、読んでみてください。
この年になって、まだまだ18歳の松井選手には到底適いません…。。
→ こちら



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7/26 ”風は見えないけれど”

猛暑で熱中症の被害のニュースが連日のように流れています。
本州ほどでないけれど、北海道も20℃後半の暑い日が続いています。
東京のあの、どうしようもなくまとわりつく蒸し暑さを思うとまだましなのですが、
それでも20数年前、美瑛の丘に転がってる牧草ロールの上に乗って、爽やかだなぁ。なんて
叫んでいた北海道の夏にも、いつのまにかすっかり慣れてしまって、
「今日はやけに蒸し暑いな。」なんて言ってます。

毎朝出勤前にノンノ(北海道犬)とマル(黒柴)の散歩に、自転車で防風林まで一周
しています。
日中は蒸し暑いけど、朝晩は爽やかな風が吹くので、散歩は出勤前と出勤後。

この季節、南から吹く風は、もうすぐ収穫を迎える小麦の穂を、ドミノ倒しのように
向こうからこっちに向かって揺らしてきます。
風はそのままだと見えないけど、その風景を見ていると、もうすぐ風がくる。ってわかる。

まだ1歳のマルは、体力が有り余っていて、一周2キロの散歩コースを、ベロを出しながら
ハァハァ言いながら僕を引っぱってひたすら走り続けるのですが、10歳のノンノは
のんびりと気持ちのいい風を感じながら、僕に引っぱられています。

昨年、ノンノは大きな病気になり、余命1週間と言われ、横たわっていたのですが、
それでも散歩が大好きで、僕が「ノンノ、散歩行こう。」と綱を持つと、
必死に立ち上がって、外に向かいます。
外で綱を離しても、歩く気力がなく、ずっとその場で立っていて、僕がちょっと離れた所から
「ノンノ、おいで!」と言っても歩けない状態でした。
それでも一歩一歩、僕のところへやってこようとする。
3月の冷たい北風に、よろっとふらつくノンノが、とても悲しかった。

余命宣告されてから、毎晩ノンノの横のソファで僕は寝ていたのですが、ちょうど
一週間が経った晩、ソファの上で寝ている僕の上に、ノンノが飛び乗ってきたんです。
ジャンプなんて出来るはずないのに。
病気になるまではずっと外で飼っていたので、嬉しかったんでしょうね。
急に涙が出て、ノンノを抱きしめて眠りました。

それからノンノは奇跡的に復活し、無事に手術する体力が戻り、病源の子宮を取り、
元気になりました。
獣医に言わました。子宮を取ると、なぜか太る。っと。
その通りで、規定の量より少ないご飯なのですが、それでも太ってしまいました。

病気になる前までは、マルに負けないくらいのスピードで、風を切って僕を引っぱって
いたのだけれど、今は気持ちの良い南風に背中を押されながら、のっそのっそと
歩くノンノを見て、元気になってよかった。こんな風にノンノと散歩出来てよかったよ。
なんてしみじみと思うのです。
そして同時に、あと何回、あの厳しい
北風を、そしてこの優しい南風を
ノンノと一緒に感じられるんだろうっと。

また小麦畑が揺れている。

ノンノ、ほら、風が来るよ。






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7/17 ”言葉を話すゴリラ”

「ココ、次は人間に生まれておいで。」

ずっと、このことを書こうと思いつつ、随分時間が経ってしまいました。
先月、ゴリラのココがなくなったというニュースを見ました。

ゴリラのココ、ご存知ですか?
手話で人と話しができるゴリラとして知られていました。
数年前、テレビで見た時には、驚きました。
2000語くらいの言葉を使いこなしていたそうです。

ココを一躍有名にしたのが、プレゼントされた猫(ボール)をまるで
人間が赤ちゃんを抱くように、優しく優しく抱いて、育てている様子の動画。
本当に嬉しそうに、可愛くてたまらないといった様子で可愛がっています。
ボールも安心しきった様子で抱っこされていて、心が癒されます。

そしてこれには悲しい続きがあります。

ボールが交通事故で死んでしまうのです。
そのことを飼育係の博士が伝えると、ココは少しの沈黙の後、
手話でボールへの愛情や悲しみの言葉を繰り返し、大きな声で
泣き続けます。

ココがあまりに純粋に悲しんでいる様子に、思わず泣けてしまいます。

驚くのは、ココが”死”の概念を理解していることです。
手話で
「ゴリラはいつ死ぬの?」と聞くと、
「年をとり、病気で」と回答し、
「その時、何を感じる?」と質問すると、
「眠る」と答えたのだそう。そして
「死んだらゴリラはどこへ行くの?」との質問には
「苦痛のない 穴に さようなら」と答えたのだそう。

自然から離れた人間は、”死”というものに、得体の知れない恐怖を抱いているけど、
自然界の生き物など、死と隣り合わせの動物たちは、
もしかしたら死後の本当の世界をきちんと理解していて、”安らげる場所”
と認識しているのかもしれませんね。
その上で、いなくなってしまったことへの悲しみ、慈しみの感情は
ちゃんと持っている。

ココの動画をいろいろ見ていると、本当に表現豊で、愛情が溢れ出ていて、
自分の感情に素直で、悲しみの表現の中にすら、僕の心の奥の、自分では
触ることのできない部分を撫でられている気持ちになります。

僕ら人間が忘れてしまっていたり、複雑な環境、感情に振り回され、
好きなのに好きと言えなかったり、その逆だったり、嬉しくないのに
ありがとうと言ったり、怒っているのに平静を装ったり、やりたくないことを
やっていたり、損と得を天秤にかけたり、言葉を暴力として使ったり、
罪のない動物を、危険だからと殺したり、弱いものに暴力をふるったり、
僕ら人間は動物の頂点に立っているようなつもりで、地球の支配者ぶっているけど
一体何をしてるんだ。と思えてきます。

ココは眠っている間に静かに息を引き取ったという。46才の生涯を。

サンフランシスコに生まれたココは、独立記念日の夜空に派手な花火に感じた恐怖が
原因で、生後間もなく、栄養失調で痩せ細り、母親と引き離され、人間に育てられた。
生後一歳くらいから手の動きでモノを差し示す言葉を覚え、「可愛い」、「好き」
など感情の言葉を含め2000語を越える言葉を覚え、人間と会話をした。(wikipediaより)

子猫と触れ合ったのをきっかけに、ココは母性本能が目覚めこんな要求を。
「ココ、赤ちゃんほしい?」
「私、ほしい。」
ゴリラのぬいぐるみを与えると、まるで我が子のようにおっぱいを飲ませる仕草を
見せたんだそう。
人間より人間らしい。
「ココ、次は人間に生まれておいで。」

いや、

それはどうなのかな?

もしかしたら、僕らが君に学び、近づいた方が、地球も、動物も、そして
人間自身も、幸せなのかも知れない。





札幌のすぐ隣の田舎町、田園風景ど真ん中の小学校
〒061-0213 
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